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第219話

片手でハンドルを握りながら、しきりにぼりぼりと首や脇腹を掻き始める。 それは直ぐに激しさを増し、あの骨の髄まで抉るような嫌な音が、車内に響いた。 「……ああ、クソッ!」 ゴリゴリ……と掻き毟りながら、寛司が強く唸る。 最近僕の前では、殆どそういう姿を見せなかったから……すっかり意識が薄れてしまっていた。 不快な水音。濡れ広がる局所。 生魚のような、生臭いにおいを放つ黄色い液がトロリと垂れ流れるも、一心不乱に爪を立てて掻き壊し続けている。 「我慢できねぇ……」 「……」 ……どう、したらいいんだろう。 何か手助け出来るなら、したい。 だけど……何をどうしたらいいか、解らない。 もし僕じゃなくて、倫さんだったら……上手く対処、出来たんだろうか。 ……なんて。そんな不問な事を考えてしまう。 「……さくら」 歯を食いしばり、痒みに耐える寛司が瞳を此方に向ける。 「そこ、開けてくれ」 視線で指示されるまま、ダッシュボードのグローブボックスに手を伸ばす。 カタン、と開ければ、車検証等の入った分厚いファイルが見えた。 「……下の方に薬、あるだろ」 そのファイルを持ち上げ、手を差し込んで下の方を探る。 指先に触れたのは、少し硬めの四角いフィルム。摘まんで取り出せば、それは少量の白い粉が入った、小袋だった。 「──!」 瞬間。 脳裏を過ったのは──真木に頼まれた、白い粉。 あれを飲ませてなんかいないけど、徐々に酷くなっていく寛司のアトピー。 真木から何も問い詰められないのは、そのせいもあるのかもしれない。 ──だけど…… 五袋連なったそれを、ミシン目に沿ってピリピリと切り離す。 サイドブレーキの傍にあるカップホルダーには、飲みかけのミネラルウォーター。 「……悪ぃな」 そう言って、寛司が左手を差し出す。 車を停める気はないらしい。 この状態で飲むのかと思った僕は、封を切ってから渡そうと、切り込み口に指を掛けた……その時だった。 目に映ったのは、袋の上部に書かれた……太くて大きな、黒いゴシック文字。 ──桜井寛司 様 「………え」 思わず小さく声が漏れた。

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