222 / 558
第219話
片手でハンドルを握りながら、しきりにぼりぼりと首や脇腹を掻き始める。
それは直ぐに激しさを増し、あの骨の髄まで抉るような嫌な音が、車内に響いた。
「……ああ、クソッ!」
ゴリゴリ……と掻き毟りながら、寛司が強く唸る。
最近僕の前では、殆どそういう姿を見せなかったから……すっかり意識が薄れてしまっていた。
不快な水音。濡れ広がる局所。
生魚のような、生臭いにおいを放つ黄色い液がトロリと垂れ流れるも、一心不乱に爪を立てて掻き壊し続けている。
「我慢できねぇ……」
「……」
……どう、したらいいんだろう。
何か手助け出来るなら、したい。
だけど……何をどうしたらいいか、解らない。
もし僕じゃなくて、倫さんだったら……上手く対処、出来たんだろうか。
……なんて。そんな不問な事を考えてしまう。
「……さくら」
歯を食いしばり、痒みに耐える寛司が瞳を此方に向ける。
「そこ、開けてくれ」
視線で指示されるまま、ダッシュボードのグローブボックスに手を伸ばす。
カタン、と開ければ、車検証等の入った分厚いファイルが見えた。
「……下の方に薬、あるだろ」
そのファイルを持ち上げ、手を差し込んで下の方を探る。
指先に触れたのは、少し硬めの四角いフィルム。摘まんで取り出せば、それは少量の白い粉が入った、小袋だった。
「──!」
瞬間。
脳裏を過ったのは──真木に頼まれた、白い粉。
あれを飲ませてなんかいないけど、徐々に酷くなっていく寛司のアトピー。
真木から何も問い詰められないのは、そのせいもあるのかもしれない。
──だけど……
五袋連なったそれを、ミシン目に沿ってピリピリと切り離す。
サイドブレーキの傍にあるカップホルダーには、飲みかけのミネラルウォーター。
「……悪ぃな」
そう言って、寛司が左手を差し出す。
車を停める気はないらしい。
この状態で飲むのかと思った僕は、封を切ってから渡そうと、切り込み口に指を掛けた……その時だった。
目に映ったのは、袋の上部に書かれた……太くて大きな、黒いゴシック文字。
──桜井寛司 様
「………え」
思わず小さく声が漏れた。
ともだちにシェアしよう!