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第222話

その手に導かれ、顔を上げる。 困惑した表情の寛司──絡み合う、視線…… 「………悪かった」 真っ直ぐな瞳が僕を映し、触れた手が僕の横髪を優しく撫でる。 「誤解、させたな」 「……」 「俺は、さくらの事を大事に思ってるし、お前とのセックスを、そんな理由になんかしねぇよ」 ……本当に、この人は…… どうして僕の気持ちを、的確に汲み取ってしまえるんだろう…… 瞬きせずにいれば、瞳の縁に涙が溢れ……零れ落ちる直前に、寛司の親指がそっと掬い取ってくれる。 「だから、そんな顔して泣くなって。 ……悪かった。 我慢の利かねぇ『性欲モンスター』だって、お前に誤解されたくなくて、よ。 今日ガキ臭ぇデートをしたのも、さくらとは身体だけの関係じゃねぇって……解って貰いたくて…… ……ああ、クソ……つまり、だ。 一からちゃんと、お前と『恋愛』ってのをしたかったんだよ……」 痒い筈なのに。 辛そうに時折顔を歪めながらも、真剣な眼差しを僕に向けて。 胸にツキン、と痛みが走る。 「……」 痒みは、痛みよりも耐え難い苦痛だと、何かで聞いた事がある。人を狂わせる、と。 見るからに痒そうな湿潤性湿疹。鱗のような瘡蓋。割れたそこから滲み出ている、浸出液── 寛司は、この一秒たりとも欠かさず襲ってくる痒みに、ずっと耐えてきた。 少年院に居た頃、一晩で全身が(たた)れたと言っていた。 ……どんな地獄だっただろう。──想像しただけで……胸の奥が、痛い…… 「……嫌なら、拒否してくれていい。 ただ──」 荒い息を吐きながら、手首付近の正常な皮膚に爪を強く立てる。深爪で白い部分の無い爪──それでも、深く食い込ませて。 凄い力で圧をかけているんだろう。その指が、小刻みに震えていた。 「痒みが落ち着くまで……掻き毟らねぇよう……俺の手を、握っててくれねぇか」 「………」 天罰が下った──倫の事を話してくれた時、そう言っていた。 ──どうして。 寛司は、人を殺めてなんかいないのに。刑を全うして、充分罪を償ったのに。 寛司が、僕に両手を差し出す。 まるで自首する犯罪者のように、両手首を合わせて。 「………して」 寛司の手を取る。 痛々しい程皮膚に刻まれた、爪痕。 そこに唇を近付けてそっと当てた後、寛司の指先を、上下の唇で柔く挟んだ。 以前、寛司がしてくれたように── 「寛司の、挿れて。……僕に」 言いながら、潤んだ瞳を向ける。 その瞳に映るのは──目を見開いた、寛司。 ──そうだ…… 寛司はいつも、僕の気持ちを優先してくれていた。 痒みから逃れたい筈なのに、悲しませたくないからって……あの日以来、僕以外とは一切していないし、僕自身が嫌がれば絶対に手を出してこなかった。 これだけ誠実に、僕に向き合ってくれているのに……どうして額面通りに受け取って、マイナスな事ばかり考えてしまったんだろう。

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