227 / 555

第227話 *

××× 木の葉の擦れる音。上空を吹き荒らして唸る音。 それらが、先程まで淫らな音を響かせていた狭い空間にまで届く。 心地良い疲労感と倦怠感。満たされた身体を寛司に預け、抱き合ったままもうどれ位経っただろう。 背中に回された手。心地良い温もり。 ずっと、こうしていたい……できるなら、このまま眠るまで……ずっと…… 「……さくら」 微睡んだ空気を、寛司の声が払拭する。 「寒くないか?」 寛司の優しい声。僕の背中に触れる左手のひらが熱い。 「……うん」 答えながら、寛司の肩口に額を擦り寄せる。 温かくて気持ちいいこの場所は、まるで陽だまり。 重なる肌と肌。胸と胸。身体が無重力状態になって、ふわふわと雲のように浮かんでいるみたい。 「……ありがとな。こんな、俺の傍にいてくれて」 「……」 「変わらず、慕っててくれてよ」 僕の後頭部を右手で包み、ギュッと強く抱き締める。それは心地良い締め付けで、とても安心する。 トク、トク、トク、…… 寛司の心音。少しだけ早いリズムを刻み、僕のと重なり合って混じり合う。 ……このまま、ひとつに溶け合ってしまいたい。 そしたらずっと、寛司と永遠に、一緒…… 瞼を軽く閉じ、気怠い身体全てを寛司に預ける。 ……そういえば。 昔、同じ事を思った事がある。 あの時は、寛司ではない違う温もりだったけれど…… 思い出すだけで、胸の奥がギュッと締め付けられる。 ぽっかりと空いてしまった穴を、寛司で埋めて。今はこんなにも、満たされてるというのに…… 「──薬の袋にあった、『桜井』って名前だけどな……」 唐突に。先程はぐらかした話題を、寛司が持ち出す。僕の後ろ髪を梳く手が止まり、物思いに耽ったような声で。 「俺は一時期、……その桜井ってヤクザの戸籍に入ってたんだよ」 「……」 ……やっぱり。 別段驚いたりはしない。 だけど、胸中に嫌なものが滲み広がっていく。 袋に名前を見つけた時、全く想像していなかった訳じゃない。 でも、いざそれが明確になってしまえば、それに付随する不確かなものまで、一気に現実味を帯びてしまう。 以前、真木が言ってた──本当のスネイクリーダーは、寛司だって事も。 「俺の家は、最初から母子家庭でさ……」 「……」 小さな吐息。チラリと僕を見る瞳。 優しい笑みを浮かべてはいるものの、その奥深くに、憂いと哀しみを帯びた色が見えた。

ともだちにシェアしよう!