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第228話

まだ寛司が産まれる前──キャバクラで働いていた寛司の母……祥子は、そこで知り合ったヤクザの桜井と恋仲になった。 やがて寛司を身籠もるも、相手は家庭のある身。それでも、と。僅かな期待を胸に、孕んでしまった事を告げた祥子は、桜井から中絶費用と手切れ金を渡された。 「……まぁ、それでも。 愛する男の子供を産める喜びぐらいはあったんだろうな。そうじゃなきゃぁ、とっくに堕ろしてる筈だ」 「………」 何となく……聞きながら、ぼんやりと母の事を思い出した。 若葉にレイプされ、その後僕を身籠もった母は、一体どんな気持ちだったんだろう。 若葉との間の子かもしれない僕を、それでも堕ろさなかったのは……多少なりとも、そういう愛情めいたものはあったんだろうか。 「訳ありの家庭で育ったらしいお袋は、他に頼れる所も無く。 一人、育児と仕事を両立して……」 シングルマザーながら、愛する息子との生活に苦労はあっても、不幸だとは思わなかった。 夜の仕事の間は、夜間保育を利用。それでも。息子に淋しい思いはさせまいと、寛司との時間を大切にしていた。 世間からは。片親で水商売をしている事への偏見を持たれ、後ろ指を差されたりもしたが、祥子は幸せオーラを放ち、それらを全て跳ね退けていた。 ──しかし、それも長くは続かなかった。 「一歳手前頃らしい。 俺の頬が真っ赤になって、そこを掻き毟って皮が破れたんだとよ」 アトピーの発症だった。 それまでも痒がる事はあったものの、保湿をしたり、肌着の素材を全て綿に変えたり等の対策はやってきていた。 医師から指示されたのは、『日に三度、全ての部屋の拭き掃除』『朝昼晩、お風呂に入れて石鹸でよく洗い流し、薬と保湿をする事』。 その他、アレルギーの疑いがあるものを全て排除。食べ物から身に付けるもの全てに気を遣った。 当然、夜間保育からは預かり兼ねると断られ。働けなくなった祥子は、貯めていたお金を切り崩しての生活を余儀なくされた。 半年位は、何とかやってこれた。 医師の言葉を信じ、この暗くて長いトンネルを抜け出せると信じていたから。 痒くて泣き叫ぶ寛司をおぶさり、眠りにつくまで何時間も夜道を歩き続ける。 早朝。やっと眠った寛司を起こさないよう、おんぶしたまま壁に肩を預け、浅く眠る。それから床拭きをし、朝のお風呂。嫌がって泣く叫く寛司を押さえ、朝の薬を塗った後、朝食作り。 昼も夜もそれを繰り返し、合間に家事をしながら痒がる寛司の相手をする。いつ掻いて血が出るか解らない為、常に寛司を監視する。 祥子に、休まる時間なんてなかった。 だからこそ。その努力を全て水の泡にしてしまう程強く掻き壊されれば、祥子の怒りが爆発し、その矛先は寛司へと向けられた。 医師に診せる度に、きちんとできていない、家庭環境が悪いからだ、等と小言を言われ、通常は赤ちゃんに処方されないレベルの強い薬へと、次第にランクアップしていった。

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