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第229話

寛司に処方された薬は、ガイドラインに沿ってアトピー患者に処方される、ステロイドというもの。 当時ステロイドは、ひと度塗れば嘘のように湿疹が消える『魔法の薬』などと言われていた。 多くの患者は、この薬で改善または生活に支障の無い程度の現状維持を保てるとあって、この治療が主流。 しかし、データによれば『悪化する』が数パーセント。 数パーセントだが、『悪化』するアトピー患者は実際に存在する。 「……俺が、そういう体質なのか……単にヤブ医者だったのかは解らねぇが…… 顔だけじゃ無く全身まで広がって、薬が効かなくなってな」 薬でコントロールできない寛司を、医師は嫌煙するようになり、全身がケロイドのように腫れ爛れると、指示通りにやってないからだと祥子を叱責、罵倒し、最終的には匙を投げた。 酷い状態のまま放り出された祥子は、ドロドロの寛司を抱え、わらにもすがる思いで評判のいい別の病院の門戸を叩いた。……しかし、そこでもコントロールは不可。 治療に対して不安を吐露した祥子に、苛立ちを隠せない医師は、指示に従っていない結果だと責任転嫁した上で、『これは虐待だ!』と強く突っぱねた。 ……ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ 締め切った、カーテン。 澱んだ空気。 仄暗い部屋に響く、骨の随まで抉るような不快音。 疲弊しきった祥子は居間のテーブルに突っ伏し、その近くには処方された大量の塗り薬の入った袋。 部屋の隅には、期日に出せなかったゴミ袋。アトピー治療の本。 隣の寝室に敷かれた布団の上で、全身血汁に塗れ、裸のまま無心に掻き毟る……三歳児。 まだ通院していた頃。道行く人から白い目で見られ、子供のアトピーに振り回され、日々の疲労と睡眠不足、医師からの暴言と見放されたショックで……祥子はノイローゼになっていた。 寛司が痒みで泣き叫んでも、それをあやす気力も体力もなく。掃除も風呂も、食事さえも、出来なくなっていた。 子供の叫き声が煩いという通報が入ったのだろうか。 ガチャ、と鍵の開く音がし、玄関のドアが勢いよく開かれる。 新鮮な空気と共にリビングに入ってきたのは……一人の婦人警官だった。 「その時の事は、全く覚えてねぇ…… 俺の記憶にあるお袋は、俺を一人家に残し、毎晩、スナックで働いては男に溺れ、家には寝に帰るだけの、絵に描いたようなクズ親だったからな」 「……」

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