237 / 558

第237話

カウンターに置かれた、目の前のオレンジジュース。 横から伸ばされた吉岡の手が、それを僕から奪い取る。 汗を掻いたグラスが僅かに傾けられ、足元からポタポタと落ちる水滴。吉岡に向かって点々と、テーブルの上が濡れる。まるで帰り道を見失わないように付けられた、目印みたいに。 グラスを持ち上げたまま吉岡がストローに口を付ける。カラカラン…と氷のぶつかる、涼やかな音。 「……二人は、知り合い?」 戻ってきた倫が、オレンジジュースを飲む吉岡の前に料理を出す。 湯気の立つ、生クリームたっぷりのカルボナーラ。 「うん、そう。僕は以前、ハイジのチームにいたんだよ。……あー、ハイジって、解るよね」 「……ええ。高次(たかつぐ)くん、でしょ?」 「そうそう。で、姫は、その“高次くん”のオンナ」 フォークにパスタを巻き付けて口に含むと、僕の方へと向けられる吉岡の黒眼。 その瞬間──前方から感じる、鋭利で冷たい視線。ピンと張りつめた空気。 視線を向ければ、大きく見開かれた瞳と目が合った。何か言いたげな唇を引き結び、その瞳をスッと横に逸らす。 「………そう。高次くんの……」 倫は、何も知らなかったんだろう。 憂いを帯びていたその瞳に、それとは相反する感情が現れ、みるみる支配していく。 ……わざとだ。 多分、わざと言ったんだ。 こんな雰囲気になる事を想定して。僕の居心地を悪くする為に。 「そう言えば倫さん。さっきあの部屋にいた、全身白ずくめの女性達。……あれ、何者?」 その空気のまま、吉岡が涼しい顔で倫に話し掛ける。 「……あの人の取り巻き」 「へぇ。こう言ったら悪いけど。……なんか、気持ち悪いね。精巧に造られたアンドロイドみたいで」 「ふふ。悪趣味よね」 口端を少しだけ持ち上げ、倫が同意する。 「ていうか。これ最高に美味いよ。……やっぱ倫さんの料理、僕好きだなぁ。 こんな美味しい料理を毎日食べられる深沢さんが、羨ましいよ」 スプーンとフォークで器用にパスタを巻き、次々と口の中に放る。その食べっぷりを穏やかに眺めていた倫が、薄い唇を小さく動かす。 「……彼はもう、私の料理なんて食べないわ……」 その瞳が潤み、小さく揺れた後、隠すように伏せられた。

ともだちにシェアしよう!