238 / 558
第235話
カウンターに置かれた、目の前のオレンジジュース。
横から伸ばされた吉岡の手が、グラスごと僕から奪い取る。
汗を掻いたそれが僅かに傾けられ、足元からポタポタと落ちる水滴。
僕から吉岡に向かって、テーブルの上が点々と濡れる。まるで帰り道を見失わないように付けられた、目印みたいに。
グラスを持ち上げたまま、吉岡がストローに口を付ける。カラカラン…と氷のぶつかる、爽やかな音。
「……二人は、知り合い?」
戻ってきた倫が、オレンジジュースを飲む吉岡の前に料理を出す。
湯気の立つ、生クリームたっぷりのカルボナーラ。
「うん、そう。僕は以前、ハイジのチームにいたんだよ。……あー、ハイジって、解るよね」
「……ええ。高次くん、でしょ?」
「そうそう。で、姫は、その″高次くん″のオンナ」
フォークにパスタを巻き付け口に頬張れば、僕へと向けられる吉岡の黒目。
その瞬間。前方から感じる、鋭利で冷たい視線。ピンと張りつめた空気。
「………そう。高次くんの……」
倫は、何も知らなかったんだろう。
憂いを帯びていたその瞳に、それとは相反する感情が現れ、みるみる支配していく。
一瞬目を大きく開け、何か言いたげな唇を引き結び、その瞳をスッと横に逸らす。
……わざとだ。
多分、わざと言ったんだ。
こんな雰囲気になる事を想定して。僕の居心地を悪くする為に。
「そう言えば倫さん。
さっきあの部屋にいた、全身白ずくめの女性達。……あれ、何者?」
その空気のまま、吉岡が涼しい顔で倫に話し掛ける。
「………あの人の取り巻き」
「へぇ。なんか……こう言ったら悪いけど、気持ち悪い。精巧に造られたアンドロイドみたいで」
「……ふふ。悪趣味よね」
口端を少しだけ持ち上げ、倫が同意する。
「ていうか。これ最高に美味い。……やっぱ倫さんの料理、僕好きだなー。
こんな料理を毎日食べられる深沢さんが、羨ましいよ」
スプーンとフォークで器用にパスタを巻き、次々と口の中に入れる。
その食べっぷりを穏やかに眺めていた倫が、薄い唇を小さく動かす。
「……彼はもう、私の料理なんて食べないわよ……」
その瞳が潤み、小さく揺れた後
隠すように伏せられた。
ともだちにシェアしよう!