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第237話
カウンターに置かれた、目の前のオレンジジュース。
横から伸ばされた吉岡の手が、それを僕から奪い取る。
汗を掻いたグラスが僅かに傾けられ、足元からポタポタと落ちる水滴。吉岡に向かって点々と、テーブルの上が濡れる。まるで帰り道を見失わないように付けられた、目印みたいに。
グラスを持ち上げたまま吉岡がストローに口を付ける。カラカラン…と氷のぶつかる、涼やかな音。
「……二人は、知り合い?」
戻ってきた倫が、オレンジジュースを飲む吉岡の前に料理を出す。
湯気の立つ、生クリームたっぷりのカルボナーラ。
「うん、そう。僕は以前、ハイジのチームにいたんだよ。……あー、ハイジって、解るよね」
「……ええ。高次 くん、でしょ?」
「そうそう。で、姫は、その“高次くん”のオンナ」
フォークにパスタを巻き付けて口に含むと、僕の方へと向けられる吉岡の黒眼。
その瞬間──前方から感じる、鋭利で冷たい視線。ピンと張りつめた空気。
視線を向ければ、大きく見開かれた瞳と目が合った。何か言いたげな唇を引き結び、その瞳をスッと横に逸らす。
「………そう。高次くんの……」
倫は、何も知らなかったんだろう。
憂いを帯びていたその瞳に、それとは相反する感情が現れ、みるみる支配していく。
……わざとだ。
多分、わざと言ったんだ。
こんな雰囲気になる事を想定して。僕の居心地を悪くする為に。
「そう言えば倫さん。さっきあの部屋にいた、全身白ずくめの女性達。……あれ、何者?」
その空気のまま、吉岡が涼しい顔で倫に話し掛ける。
「……あの人の取り巻き」
「へぇ。こう言ったら悪いけど。……なんか、気持ち悪いね。精巧に造られたアンドロイドみたいで」
「ふふ。悪趣味よね」
口端を少しだけ持ち上げ、倫が同意する。
「ていうか。これ最高に美味いよ。……やっぱ倫さんの料理、僕好きだなぁ。
こんな美味しい料理を毎日食べられる深沢さんが、羨ましいよ」
スプーンとフォークで器用にパスタを巻き、次々と口の中に放る。その食べっぷりを穏やかに眺めていた倫が、薄い唇を小さく動かす。
「……彼はもう、私の料理なんて食べないわ……」
その瞳が潤み、小さく揺れた後、隠すように伏せられた。
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