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第239話

何も考えられず、頭が真っ白で。 理解するよりも早く、脳内が瞬間的に沸騰する。 頭の中の何かがぷちんと切れ、イスが倒れるほど勢いよく立ち上がる。 ガシャン。 手から滑り落ちたグラスが、中身を零しながらカウンターの上を転がって、床に落ちる。 音を立て、粉々に割れたグラス。 ……まるで、僕の心のよう。 「それは、僕のピアスだ……!」 間違いない……! アゲハが僕に返してくれた……片割れのピアスだ。 『……似合わねぇな』 夕食後。シニカルな笑みを浮かべ、自身の耳に付けられているものと同じピアスを小箱から抓み上げると、僕の耳元にそっと宛がってくれた──竜一の姿が思い出される。 ……なんで……? 何でこんな奴に、僕のピアスをあげちゃうんだ…… 竜一は、そんな事しないって思ってた。 いくら僕を見限ったからって……こんな…… 「僕の……っ、 僕が、竜一から貰った大事なものだ………!」 これだけは、譲れない。 竜一の心が離れて、吉岡に移ったとしても…… ……これだけは、僕のものだ……! 溢れた涙が、ひとつ、ふたつ……と、頬を伝って零れ落ちていく。 吉岡の肩辺りの布地をしっかりと摑む。手のひら、指先、腕……その全てがビリビリと痺れて、力が上手く入らない。 「……返せ……!!」 大声で怒鳴る。……怒鳴っているつもりなのに、思うように声が出ない。 喉がギュッと詰まって……奥から無理矢理、声を絞り出してる感じ。 苦い。苦しい。 でも……取り返すまでは、この手を絶対離さない。 ……離したくない! 眉根を寄せ、歯を食いしばって吉岡を睨みつける。 次々と溢れる涙をそのままに。 「……返せよ……!!」 瞬きをひとつして。 溜まった涙を全て切り落とせば、ぼやけていた吉岡の顔がハッキリと見える。 僕を下から覗き込む顔。 その表情は、飄々としていて……何もかも見透かしたような、顔つき。 それにカッとなり、摑んだ服を思いっきり引っ張り上げる。 だけど。体力もない非力な僕は、その細い両手首を掴まれてしまい、片手でひとつに纏められ、軽々宙へと持ち上げられてしまった。 「離せ──」 「……少し、冷静になりなよ」 クッと口角を持ち上げた吉岡が、カウンターとは反対方向に黒眼をやる。 それに誘導され、視線を向ければ…… 「………さくら」 直ぐそこにいたのは……驚いた顔をした、寛司の姿。

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