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第237話
何も考えられず、頭が真っ白で。
理解するよりも早く、脳内が瞬間的に沸騰する。
頭の中の何かがぷちんと弾け、イスが倒れるほど勢いよく立ち上がる。
……ガシャン。
手から滑り落ちたグラスが、中身を零しながらカウンターの上を転がり、床に落ちる。
粉々に割れたグラス。
……まるで、僕の心のよう……
「それは、僕のピアスだ!」
間違いない……!
アゲハが僕に返してくれた……片割れのピアスだ。
『……似合わねぇな』
夕食後。シニカルな笑みを浮かべた竜一が、自身の耳に付けているものと同じ、箱に入ったピアスを摘まみ上げ、僕の耳元にそっと宛がってくれた──あの時の光景を思い出す。
なんで……?
なんでこんな奴に、僕のピアスをあげちゃうんだ……
竜一は、そんな事しないと思ってた。
いくら僕を見限ったからって……こんな……
「僕の……っ、僕が、竜一から貰ったものだ………!」
これだけは、譲れない。
竜一の心が離れて、吉岡に移ったとしても……
……これだけは、僕のものだ……!
溢れた涙が、ひとつ、ふたつ……と、頬を伝って零れ落ちる。
吉岡の肩辺りの服を摑む手。その手のひら、指先、腕……その全てが、ビリビリと痺れて……震えて力が入らない。
「……返せ……!!」
大声で怒鳴る。……怒鳴っているつもりなのに、思うように声が出ない。
喉がギュッと締まって……奥から無理矢理、声を絞り出してる感じ。
苦い。苦しい。
でも取り返すまで、この手は絶対離さない。
……離したくない!
眉根を寄せ、歯を食いしばって吉岡を睨みつける。
次々と溢れる涙をそのままに。
「……返せよ……!!」
瞬きをひとつして。
溜まった涙を全て切り落とせば、ぼやけていた吉岡の顔がハッキリと見える。
僕を下から覗き込む顔。
その表情は、飄々としていて……
何もかも見透かしたような、顔つき。
それにカッとなり、摑んだ服を思いっきり引っ張り上げる。
だけど。体力もなく非力な僕は、その細い両手首を掴まれてしまい、片手でひとつに纏められ、軽々と宙へ持ち上げられてしまった。
「離せ──」
「……少し、冷静になりなよ」
クッと口角を持ち上げた吉岡が、カウンターとは反対の方向に黒目を動かす。
それに誘導されて視線を向ければ……
「………さくら」
直ぐそこにいたのは……驚いた顔をした、寛司の姿。
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