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第238話

××× 帰りの車内では、会話なんて無かった。 ただひたすらに流れるラジオ。寛司と僕との間に漂う空気を察してか、ラジオパーソナリティが軽快なトークを繰り広げている。 チラッと寛司を盗み見るも、その横顔からは何も覗えなかった。 アジトのラブホテルに着く。 相変わらず寛司は黙ったままで、僕の事なんて見えてないみたいに、さっさとバスルームへ行ってしまった。 『僕の……っ、僕が、竜一から貰ったものだ………!』 ……聞かれた。絶対。 あんな姿の僕を見て、寛司はどう思っただろう。 いい気はしない、よね…… ──最低。 寛司は、僕が不安にならないように、倫との仲にケジメをつけてくれた。 なのに僕は……故意ではないとはいえ、真逆な事をしてしまった。 あのピアスが目に入った瞬間……噴き上がる感情を、抑えきれなかった。 あれは、竜一が僕にくれたピアスだけれど……僕とアゲハの命を繋いだ、約束のピアスでもあって…… 思い入れのある、大切なものだったから。 「……」 ……でも、そんなの寛司には関係ない。 ピアスに(こだわ)る僕を見て、嫌な気持ちになったのは、確かだから。 寛司の後を追って、脱衣所へと向かう。 ちゃんと話さなきゃ。 許されるかは解らないけど、誤解だけは解かなきゃ…… 静かにドアを開ける。 中を覗いて見れば、洗面台の鏡の前で、寛司が二の腕の包帯を外していた。 「……寛司……」 「何だ」 僕を見下げる瞳。 いつもの優しさに満ちたものとは違い、刃物のように鋭くて……冷たい。 それは、初めて会った時と同じ瞳をしていて──今まで二人で過ごした時間や築いてきた出来事(もの)が、全て跡形も無く消えてしまったように感じる。 まるで、双六の振り出しに戻ったみたいに。 「……手伝う、よ」 「………」 怖ず怖ずと寛司に近付き、良いとも悪いとも言わない寛司から包帯を受け取ろうと、手を伸ばす。 ……震える。 指先も、唇も、吐息さえも…… 何か、言わなきゃ…… そう思ってるのに、中々最初の言葉が出てこない。 思い返せば、キッカケはいつも寛司からで。僕はそれに甘えてしまっていた。 そんな僕に冷ややかな瞳を向けた寛司が、大きな溜め息をつく。 「……お前、家に帰れ」 思ってもみない言葉。 漂っていた嫌な空気さえも巻き込んで、氷結する。 「……え」 全て巻き取った包帯。それを、僕の手から乱暴に奪い取る。 黄色い汁で湿ったそれが雑に丸められ、何の感情も無くごみ箱に投げ捨てられた。

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