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第240話
ギュッ……
二の腕を、痕が付くほど強く掴まれ、そのままベッドに放り投げられる。まるでぼろ雑巾のように、乱雑に。
仰向けに倒され、跳ね上がる軽い身体。僕の足元から、膝をついてベッドに上がる寛司。その両手が、僕の両肩を上から押さえつけ、ベッドに深く沈める。
「──なんだ、シ足りないのか?」
「……」
真上から、僕を見下げる瞳。割れた唇から漏れる、荒い息。
でもその表情から、欲情めいたものは一切感じない。
目尻がつり上がり、刃物のように鋭く、僕の精神 を容赦なく突き刺す。
ガクガクガク……
身体が勝手に震え出す。
金縛りに遭ったかのように、思うように身体が動かない。
開いた瞳は、瞬きを忘れ。唯一できるのは、上擦った呼吸だけ。口の中で、勝手に歯がカチカチと鳴り、凄く滑稽。
あの日と同じ……乱暴で、気絶する程に痛くされるかもしれない恐怖。それを全身で感じ取れば、背筋が冷えていくのが解った。
──でも、怖くない。
寛司に見つめられるだけで……目頭が熱くなり、心臓が激しく高鳴り、熱く沸騰した血液が指先にまで押し流され、ジリジリと痺れる。
きっと……全てが振り出しに戻った訳じゃない。だって、僕の中から、寛司を好きだって気持ちがこんなにも溢れ出てきて……
「……!」
首元に掛かる両手。
首輪を上にずらし、頚動脈に指を食い込ませて。
……かん、じ……
熱くなった眼球に涙の膜が張り、寛司の姿がぼんやりと霞む。
それでもハッキリと見えるのは──僕を見下ろす、鋭く尖った瞳光。
じん、と脳内が痺れ、ドクドクと脈打つ音が鼓膜の奥で響く。
……いい、よ。
寛司になら、殺されても。
捨てられるより……全然、いい……
無抵抗のまま顎を突き出し、愛しい寛司を下から見つめる。
苦しくて──手足の末端がびりびりと痺れた後、溢れた熱と共に感覚が奪われていく。
ガクガクと可笑しい程、痙攣し始める四肢。
薄く瞼を閉じれば、溜まっていた涙が目の縁から零れ、こめかみに向かってスッと一筋の線を引いた。
「……お前……、」
突然──
寛司の手が緩む。
その瞬間。……ヒュッ…という奇妙な音が喉奥で鳴り、一気に大量の空気が流れ込んだ。喉に強い異物感。無意識に身体を横に向け、背中を丸め、ゲホゲホと噎せ返る。
「……」
そんな僕の横髪に、寛司が手を伸ばす。
指先が触れ、髪を絡ませ、涙で濡れた目尻を親指の腹でそっと拭う。
先程まで僕を殺そうとした手。
その手が少しだけ、震えてる……
手の甲に指先を当てる。そっと滑らせて手のひらを重ね、僕の頬へと押し当てる。
寛司の手のひらから伝わる、温度。
心地良くて愛しい、寛司の温もり──
「……好き、にして……いいから……
僕を……寛司の傍に、置いて……」
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