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第246話

「……今日は、遅くなる」 タンクトップから伸びる腕は、真っ白な包帯に覆われている。 腕だけじゃない。服の中も外も全部。もう、肌という肌は、包帯でぐるぐると巻かれている。まるでミイラ男みたいに。 この包帯は、皮膚の代わりみたいなもの。掻き毟って爛れ、火傷したように腫れ上がった患部はもう、皮膚を再生させる事を忘れている。 湿潤しすぎた部分には、もう直接薬が塗れない。だから、予め薬を塗り込んだガーゼを患部に貼り付けている。その上から巻きつけた包帯は、数分と経たないうちに黄汁が染み出し、強い臭いを放ってしまう。その為、更に上からビニール素材のアームカバーを被せている。 幸いにも、顔はそこまでの悪化は無く、左側の頬全体をガーゼで覆うだけに留めている。だけどもう、それも時間の問題みたいで。じわじわと右側にまで瘡蓋(かさぶた)が浸蝕し、悪化の兆候が見られている。 「うん……」 玄関まで見送る僕に、寛司が優しく微笑む。……でもやっぱり、触れてきてはくれない。 寛司の肩にそっと両手を掛け、体重を少し預けるようにして踵を上げる。 軽く触れただけの、キス。 寛司の唇は、変わらずに柔らかい。 「……煽るな。したくなるだろ」 「………」 口端を僅かに上げ、寛司が冗談めいた口調で言う。 目を伏せ、何も答えずにいれば、寛司の片手が僕の頬を優しく包む。 「ありがとな、さくら」 寛司を見上げれば、その瞳は穏やかで。 蜂蜜のように甘く光り、愛おしげに僕を見つめていた。 ──ハイジに似た瞳。 だけどもう、震えたりしない。 この優しい瞳を、怖いだなんて思わない。 「お前が傍にいてくれるお陰で……俺はもう少し、頑張れそうだ」 包まれた頬が、熱い。 愛しさと切なさが込み上げ、鼻がツンとすれば、目頭から熱い涙が零れ落ちる。 それをかさついた指先が拭うと、茶化すように僕の前髪をくしゃりと掻き混ぜる。 「……行ってくる」 「……」 スッ、と。その手が笑顔と共に離れる。 閉まっていくドア。その隙間から見える寛司の背中を、瞬きもせずに見送った。

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