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第245話
×××
「……いらっしゃいませ」
倫の店に入るなり、僕に気付いた倫がカウンター奥から静かに頭を下げた。
相変わらずの綺麗な所作。同じ男なのに女性的で美しく、落ち着いた大人の色気が漂っている。
「用意、できてるわ。……ちょっと待っててね」
そう言って艶っぽい微笑みを残し、奥へと去っていく。
″何かあったら、貴方から連絡して″
寛司を見送った後、直ぐにサイドテーブルの引き出しを漁った。
倫の食事でアトピーが寛解したという話を、ふと思い出したのだ。
今の状態で食事療法なんて、とてつもなく長い道のりだし、無謀なのは解っているけど。
……でも、何もしないよりはいい──
倫の店への足は、五十嵐を通して真木に頼んだ。タクシーも考えたけれど、アジトが世間にバレるのはマズイと五十嵐に止められ、仕方なく……だけど。
そして一時間程前。五十嵐抜きで、迎えに来た真木の車に乗った。
丁度、受け子がターゲットから大金を受け取った後だったようで、車内は異常な盛り上がりで騒がしかった。そのせいか、どんな事を聞かれるかと身構えていたものの、目的地に着くまで特に突っ込んだ事は聞かれなかった。
「お待たせしました」
倫がテイクアウト用の袋をぶら下げ戻ってくる。
朝と夜二食分のお弁当。それを二人分で、計四つ。
それを受け取り料金を支払うと、倫が憂いのある笑みを返す。
「ねぇ、さくらちゃん」
艶っぽい切れ長の目が少し伏せられ、長い睫毛の影を下瞼に落とす。
「……もう、聞いたでしょ?
私が少年院にいた頃、寛司のオンナだったって話」
接客とは違う、プライベートな声が混じる。
少し掠れていて、弱々しい。
「寛司にとってのオンナは、一般的な恋人とは全く違うわ。……そこまで特別なものなんかじゃないのよ」
涼やかで涼しげで儚い瞳が、瞬きの後、僕を射る。……静かに。強く。
恨めしいとか同情とか……そういうものとは違う、何とも言い表しようのない瞳。
「あの人が本当に心から愛してるのは……初恋の彼女よ。
あなたもきっと、その子を越える事はできないわ……」
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