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第253話

「……くど……っ、」 僕を呼ぶ五十嵐の声が、詰まる。 それまでのバタバタとした煩い足音も消え、すぐ背後でハァハァと荒い呼吸を繰り返している。 「……」 僕があまりに反応しないからか。 躊躇ったように五十嵐がその場で足踏みをする。そして何やらごそごそとしだし、何処かへ電話を掛けている様子が何となく解った。 「──真木先輩、ですか……?」 その声が、微かに震えている。 ……無理もない。今目の前に、見知った人が死んでいるのだから。 それも……真木から殺すよう言われてた、相手── ──ああ、そうか。 五十嵐にとっては、そんな程度のものか…… 妙に納得しながらも……胸の奥がジクジクと痛む。 ここにいる人達にとって──恐らく、寛司を凶悪犯だと認識している人達も含めて……寛司の命の重みは、そんなものなんだ…… ──でも、僕は違う。 違う。違う。違う。違う。 僕には寛司が全てで── ──もう、寛司無しじゃ……生きていけない………… 「はい。解りました。……では、準備して待ってます。──ありがとうございます」 随分と落ち着いた、五十嵐の受け答え。 至極冷静で、さっきまでの動揺は何処へ消えてしまったんだろう…… 何が、ありがとうだ。 ……寛司は……死んだ、んだ…… 「……工藤、」 電話を切った五十嵐が、僕の背中に遠慮がちに話し掛ける。 「これから真木さんが、ここに来る。それまでに、なるべく片付けと清掃をして、痕跡を消しておかないと……」 「……」 「──おい、工藤……っ、」 何の反応を示さない僕に、痺れを切らしたのか。強い口調の五十嵐が、僕の二の腕を掴んで引っ張り上げた。 「しっかりしろっ、!」 「……」 「これは……俺達が望んだ結果だろ……?」 ──望んだ……? なに、言ってんだよ…… ふざけんな。 僕は一言も、お前の意見に同調なんかしてない。望む筈がない。 あの時薬を受け取ったのだって、そうせざるを得ない状況だったってだけじゃないかっ。 それまで殆ど無気力だった僕は、カッと頭に血が昇り、ありったけの思いを瞳に込める。 その瞳を読み取ろうとしているのか。瞬きもせずじっと見つめ返してきた。 ──それに、あの薬は捨てた。 それが……僕の意志だ。 「……工藤」 睨み上げる僕の腕を更に引っ張り、もう片方の腕を背中に回して抱き寄せる。 密着する、身体と身体。 重なる、心音と心音── ……嫌だ。 下心も何もない。正義感溢れる行動。 純潔なまでの、清く正しい毅然とした態度。 「一緒に帰ろう。……元いた世界(場所)に」 眩暈がする。 吐き気すら、覚える…… 僕の耳元で囁かれたその言葉は、僕の心に宛てたものなんかじゃない。 それが真っ当な判断で、進む道だと……信じて疑わないだけ…… ……気持ち悪い。 彼の中にしか存在しない、光射す明るい未来へと……僕を勝手に引き摺り込んでるだけだから。

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