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第256話

××× ──どうして…… シートに預けた、行く宛ても無い無気力な身体が、山道を走るワゴン車が揺れる度、同じように揺さぶられる。 車内は、相変わらずのごみ箱。座った場所もメンバーも、何も変わらない。──運転手は真木。助手席には五十嵐。その後ろが僕。距離を詰めて隣に座るのは、愁。 愁の足元には、ジントニック等の空き瓶がごろごろと転がっている。 昨日、詐欺が上手くいったお祝いだとばかりに、愁だけが酒盛りをしていたのを思い出す。 そのせいか。以前とは違う異様な臭いが蔓延しているものの、クーラーを効かせているからなのだろう。誰も窓を開けようとはしない。 ふと愁と目が合い、冷静なまま黒瞳だけを動かして、外へと向ける。 「……」 ──どうして。 僕を手放したくない。 死ぬ時は一緒だ、って……そう言った癖に…… 手中にあるのは、サイドテーブルに残された、一枚の小さな紙切れ。 〈お前を解放する。 どこへでも、好きな所に行け〉 やけに丁寧で、綺麗な文字。 ……全然、らしくない。 書かれた言葉も、全然……らしくない── 内側から壊された硝子の精神(こころ)を掻き集め、胸の中に再び押し込める。 だけど、その破片は氷柱の如く尖っていて……僕の心を容赦なく傷付け、ズタズタに切り裂いてく。 くしゃり、と手の内にある紙を握り締める。 嘘……だよね…… ……だって、『もう少し、頑張れそうだ』って…… 僕にそう、言ってくれたよね…… 溢れそうになる涙をぐっと堪え、移りゆく窓の景色をぼんやりと眺める。 「……で。二人はこれからどうすんの?」 「あー、姫の家ってどこ?」 運転する真木が穏やかな声で尋ねれば、愁がすかさず軽い口調で僕に話し掛ける。 人が一人死んだというのに。まるでいつもの日常。何も変わらない。加えて、浮かれた雰囲気が入り混じった空気。 この人達にとっては、どうって事ないんだろう。 元々、遺体処理班だ。 例え遺体が見知った顔だったとしても、そういう感情の一切を捨て、割り切った仕事をしてきたのかもしれない。 「……」 いや、違う。 ──殺したんだ。 僕に、薬を渡してきたくらいだ。 どうやって殺したのかは解らないけど……僕以外の誰かを使って……或いは自らの手で……寛司を抹殺し、望み通り自由を手に入れたんだ。 何処か浮ついた空気は、そのせいだ。……きっと。

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