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第260話

「……真木さん、ですよね」 目的地に着き、ワゴン車から降りようとする五十嵐を止め、未だ幸せオーラを放つ真木に食ってかかる。 どうしても、これだけは確かめたかった。 憶測なんかじゃなく……真実を。 僕の為にも、寛司の為にも。 「菊地を殺したのは……真木さん、ですよね」 込み上げてくる憎しみと涙を堪え、キュッと口を引き結び、真木を下から見上げる。 その瞬間。真木の顔色が険しいものに変わり、片眉を上げ目を眇める。 「……人聞きが悪いな。 出先でくたばった菊地を、俺らがアジトに運んで自殺に見せかけただけだ。 薬を盛って殺したのは……さくらちゃん、だろ?」 「……」 「その証拠なら、ちゃんと音声に残してあるぜ。 ──裏切れば、全員道連れだ」 先程までとは違う、ドス黒いオーラ。声。 裏の世界で生きてきた人間に染み付いた、決して拭う事のできない、闇、闇、闇──。 道連れ……にしたのは、真木の方だ。 自分が自由になる為に、周りを巻き込んだんだ…… 握りしめた手の中にある、小さな紙。 もしこれも偽造工作だとしたら……僕宛のメッセージにする必要は何処にもない。 寛司が自殺したと、僕に思わせる必要なんて全くない筈── その紙を広げ、真木に見せる。 「じゃあこれは、何ですか」 「──!」 目の前に曝け出した瞬間、真木の顔色がサッと変わる。 新種の生物でも発見したかような、驚いた目。 だけどそれも一瞬。 瞬きひとつすれば、口の片端を持ち上げ、歪んだ笑顔にすり変わる。 「……助かったぜ。ソレ、拾ってきてくれたんだよな」 「……」 「──クソ、愁の仕業……か……」 僕の手からその紙を乱暴に奪う。 苦虫をかみつぶしたような顔を一瞬見せた真木は、ボソリとそう低く呻くと、鋭い目のままチッと舌打ちした。 「………」 奇妙な空気を孕んだまま、ワゴン車を降りる。 朝から少し蒸し暑い空気が、僕に纏わり付く。 突然の開放感。 一変する、世界。 見上げれば、夏を象徴する積乱雲。 肌を刺すように照りつける太陽。 ……だけど僕は、この開放的な季節を、好きになれそうに無かった。

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