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第261話 慟哭【五十嵐編】

××× ……夢を、見た。 寛司に抱きしめられる夢。 寝ている僕を起こさないようベッドに潜り込んだ温もりが、背後から優しく包み込み……それから少し、遠慮がちに腰のラインに触れ、脇腹から胸元辺りまで指を滑らせて。 それから…… ……それから 「……」 薄い瞼を透かし、光が網膜の奥まで届く。 そうして意識が引っ張り出され、現実に甦っていき、初めてこれが夢幻だったんだと思い知らされる。 ──ああ、覚めなければ良かった。 もっと……寛司の温もりを感じていたかった。 もっと一緒に…… 傍に……いたかったのに── カーテンから溢れる陽の光。 ふかふかのベッド。 爽やかな柔軟剤の香り。 空調の効いた快適な部屋。 ここは、寛司と過ごしたラブホテルなんかじゃない。 ……これが、現実…… 現実、なんだ…… うつ伏せになって、パリッとした真新しいシーツをギュッと掴む。 心にポッカリと空いた穴は、予想以上に大きくて。深くて。 そこがじくじくと執拗に痛み、次から次へと込み上げてくる涙が止まらない。 ───寛司 微睡みが薄れていく度に、身体からすり抜けていく温もり。鼻孔を擽った筈の、寛司の匂い。 もう、何もない。 全部……消えてしまった。 ───寛司 「………」 心臓を抉り取られたように、胸が痛い。 人の死が、こんなにも辛くて苦しいものだったなんて……僕は、知らなかった。 幼少期の頃──僕がまだ、五歳か六歳か。 あまりはっきりとは覚えてないけど、兎に角その頃に、同居していたおばあちゃんが亡くなった。 悲しかった。 食事を与えられなかった僕を見兼ねて、台所に並んで教えながら料理を作ってくれたり、発狂する母の盾になってくれた、優しいおばあちゃん。それが、ある日突然逝なくなって。 悲しかった。──その気持ちは、本当。 だけどそれと同時に、この先の不安を強く抱き、押し潰されてそうになっていた。 この先──一体誰が、僕を守ってくれるのか。 これからどうやって、僕は母と共存していけばいいのか。 答えが見つからなくて憂悶し、そればかりが僕の中で大きく膨らんでしまい──涙は、最後まで出なかった。 そんな僕の心情を知ってか知らずか。お葬式に現れた親戚からは蔑んだ目で見られ、『随分と冷めた子だ』『あれが例の子か』等と、次々陰口を叩かれた。 隣にいたアゲハが、強張る僕の手を強く握ってくれたのを覚えてる。 僕は今まで──この世に産み落とされた瞬間からずっと、罪深い存在(もの)のように扱われてきた。 ただ目が合っただけで罵倒され、アゲハと会話を交わしただけで、酷く折檻された。 存在価値が、じゃない。存在自体を否定され、母に脅えながらただひっそりと、陰に隠れるようにして生きていくしかなかった。 ………別に、何も悪い事なんかしていないのに。

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