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第264話

アゲハに愛情を注いだ分だけ、母は僕を蔑ろにした。 それがとても悲しくて。苦しくて。辛くて。……でも、いつからかそれも諦め、次第に当たり前の感覚になっていた。 だから、おばあちゃんが身を呈してまで僕を庇ってくれた時は、心が震える程嬉しかった。 母の役割を、おばあちゃんが担ってくれたんだと……そう信じていた。 家族とは、そういうものなんだと。 ……だけど、違った。 おばあちゃんは、誰に対しても分け隔てなく愛情を注いでた。 母にも。アゲハにも。他の誰かにも。 それがどんなに妬ましく、理不尽だと思ったか…… 親のような役割を持った、絶対的な存在。 僕にだけ愛情を注いでくれる──『誰か』。 そんな人が、いつか僕の目の前に現れてくれるのを、心の底から欲していた。そんなもの要らないと、突っぱねながらも。 そして、その誰かは──『寛司』。 寛司は僕を恋人として、我が子として──その全てを優しく包み込んで、全身全霊で僕を愛してくれた。 そのままの僕でいい、そのままがいいんだ、と……僕の中に“存在価値”という息吹を与え、生きる意味を持たせてくれた。 死ぬ時は一緒だと、誓ってもくれて。 ……なのに── 僕のせいだ。 全部、僕のせい。 どうして言えなかったんだろう。真木が、命を狙ってるって。 一体僕は、誰に対して何の遠慮をしていたんだろう。 誰の何を、守ろうとしていたんだ…… そのせいで、僕にとって一番大切な人を失ってしまった。 失う位なら……その誰かを傷付けても構わなかったのに。 「………!」 誰かを、傷付けて──? ふと、真木のニヤついた顔が脳裏を過る。 真木は、守りたい人の為に手を汚した。 そんなのは許せない。自分勝手だ。と……心の中で散々悪態をついたというのに。 ……僕も今……真木と同じ考えに辿り着いてしまった。 「……」 よく解らない恐怖と不安が、僕を襲う。 僕のせいで、ハイジが人を傷付け……人を殺めてしまったあの感覚。 ………嫌だ。 どっちも、嫌だ。 大切な誰かを守る為。自分自身を守る為。 誰かを傷付けたり、傷付けられたり。 殺したり、殺されたり…… もう、そういうのは……沢山。 ……どうして。 どうしてそうでもしないと、生きていけないんだろう。 どうして人は、傷付け合いながらも生きていかなくちゃいけないんだろう…… ──どうして……

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