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第263話

××× コンコン。 ノックの音が室内に響く。 重い腰を上げ玄関へと向かい、鍵を開けた途端、勢いよくドアが開かれた。 「おはよう、工藤! 昨日はちゃんと眠れたか? さっき下でこれ買ってきたからさ。一緒に食おうぜ!」 朝から暑苦しい程の笑顔を浮かべる五十嵐が、持っていたコンビニ袋を目の前に掲げてみせる。 「……」 いつもと何一つ変わらない。 ……いや、いつにも増してうざい。 でも、いつもと場所も状況も全然違うけど──こうして朝食を持ってきてくれるのは、昨日まであった日常と同じ。 だから勘違いしてしまいそうになる。 まだ寛司が、生きてるんじゃないかって── 中に入り、キョロキョロと部屋の中を見回す五十嵐が、どうでもいい話を構わず僕に振ってくる。 それもあってか、さっきまでの重く沈んでいだ空気が一掃されたような気がした。 「……あ、そうだ」 サイトテーブルにコンビニ袋を置いた五十嵐が、ポケットから取り出した携帯を掲げて見せる。 「さっき、連絡来たんだよ」 そう言ってコトン、とテーブル端にそれを置くと、袋から取り出したペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと喉を鳴らす。 「……」 「ぷはっ。……あ、それで、今日は無理そうだから明日の夜でいいかって。 それと、別にホテルを手配したからそっちに移って欲しいんだってさ」 「………ん、……解った」 答えながら、ベッド端に腰を下ろす。 それを見届けた五十嵐がペットボトルをテーブルに置いた後、備え付けのパイプ椅子を引き出し、僕と相向かいになるようにして腰を下ろす。 ──昨日。 真木の車から降りた後、行く宛のない僕の手をしっかりと握った五十嵐が、僕を駅構内へと引っ張った。 二人分の切符を購入し、長い時間を掛け電車に揺られれば……懐かしい、よく見知った駅に辿り着く。 それは、若葉と一緒に住んでいた頃、通学でよく利用していたローカルな駅。 あの頃に比べれば少しは栄えたんだろう、見知らぬお洒落な店が幾つか出来ていた。 あの頃の懐かしい風が吹くのに、ここにはもう僕の居場所はない。 若葉との生活は、僕に穏やかで平穏な日々を与えてくれた。──あんな事件さえなければ…… 「そうだ。……工藤ん家の電話番号、教えてよ」 改札を出て直ぐの所で、五十嵐が腰ポケットから携帯を取り出す。 「……え」 その、当たり前の様にさらっと言ってのける姿に、驚きを隠せない。 だって僕はもう、何の関係もない五十嵐とは、ここでさよならするものだとばかり思っていたから。

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