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第267話

記憶に叩き込んだ筈の電話番号。 正直、思い出せる自信なんて無かった。 だけど。ハルオから逃げる為、必死で凌の電話番号を思い出したように、記憶の引き出しをひっくり返してまで必死に探す。 語呂合わせの要素も、覚えやすい数字の並びでも無い。ありふれた数字の羅列。 あの時、麗夜に差し出された名刺を思い返してみるものの、煌びやかな装飾や源氏名の部分はハッキリと思い出せるのに、肝心の数字が書かれた部分はぼやけてしまい…… 「……もしかしたら、間違ってるかもしれないけど……」 そう口にすれば、それに反応した五十嵐が僕に嬉しそうな笑顔を向ける。 「うん、それでもいいよ。俺が掛けて確認してみるからさ」 「……でも、その相手は……アゲハじゃないんだ……」 「それじゃあ、その人の名前教えて」 怖ず怖ずと伝えれば、臆する様子もなく五十嵐が受け止めてくれる。その強引さに、今だけは素直に感謝できる。 ……五十嵐がいなかったら、麗夜に電話してみようなんて、思いもしなかったから。 「……よかったな!」 何度目かの電話で、ようやく麗夜に繋がった。 こんなの、奇跡以外の何ものでもない。もう一度番号を教えてと言われても、言える自信なんてない。 「……」 ──でも。 行く宛の無かった僕の前に突然道ができ、半歩進めた分、寛司との間に距離ができてしまった様な気がして。 それが僕の心に不安な影を落とし、素直に喜べずにいた。 「……五十嵐は、家に帰らなくていいの……?」 相向かいに座る五十嵐に、そう疑問を投げ掛ける。妹の為に色々尽くしてきたんだから、本当は早く帰りたい筈なのに。 「ああ。俺はちゃんと家に連絡入れてるから、工藤が心配する事はないよ」 「……」 「それより、ほら」 五十嵐が、コンビニ袋から取り出したおにぎりを僕に押し付ける。焼鮭と印刷されたそれを黙って受け取れば、袋から同じものをもうひとつ取り出し、フィルムを器用に剥がす。 「……」 ぼんやりと、手中にあるそれを眺める。 ……この感覚、アジトにいた頃と同じだ。 寛司を失って、僕の中にあった軸が消えてしまったけど。この感覚がアジトで過ごした時の空気に似ているせいか……悪い夢でもみていたんじゃないかと、不思議な感覚に陥る。 正直、五十嵐の事は余り好きじゃない。 ……でも。今だけは、傍にいてくれて良かったのかもしれない。

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