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第265話
記憶に叩き込んだ筈の電話番号。
正直、思い出せる自信なんて無かった。
だけど、ハルオから逃げる為に必死で凌の電話番号を思い出したように、記憶の引き出しをひっくり返してまで必死に探す。
語呂合わせの要素も、覚えやすい数字の並びでも無い。ありふれた数字の羅列。
あの時、麗夜に差し出された名刺を思い返してみるものの、煌びやかな装飾や源氏名の部分はハッキリと思い出せるのに、肝心の数字が書かれた部分はぼやけてしまい……
「……もしかしたら、間違ってるかもしれないけど……」
そう口にすれば、それに反応した五十嵐が僕に嬉しそうな笑顔を向ける。
「うん、それでもいいよ。俺が掛けて確認してみるからさ」
「でも、その相手は……アゲハじゃないんだ……」
「それじゃあ、その人の名前教えて」
怖ず怖ずと伝えれば、臆する様子もなく五十嵐が受け止めてくれる。その強引さに、今だけは素直に感謝できる。
……五十嵐がいなかったら、麗夜に電話してみようなんて、思わなかったから。
「……よかったな!」
何度目かの電話で、ようやく麗夜に繋がった。
こんなの、奇跡以外の何ものでもない。もう一度番号教えてと言われても、言える自信なんてない。
「……」
──でも。
行く宛の無かった僕の前に突然道ができ、半歩進めた分、寛司との間に距離ができてしまった様な気がする。
それが僕の心に不安な影を落とし、素直に喜べずにいた。
「……五十嵐は、家に帰らなくていいの……?」
相向かいに座る五十嵐に、そう疑問を投げ掛ける。妹の為に色々尽くしてきたのだから、本当は早く帰りたい筈なのに。
「ああ。俺はちゃんと家に連絡入れてるから。工藤が心配する事はないよ」
「……」
「それより、ほら」
五十嵐が、コンビニ袋から取り出したおにぎりを僕に押し付ける。『焼鮭』と印刷されたそれを黙って受け取れば、袋から同じものをもうひとつ取り出し、フィルムを器用に剥がす。
「……」
ぼんやりと、手中にあるそれを眺める。
……この感覚は、アジトにいた頃と同じだ。
寛司を失って──僕の中にあった軸が消えてしまった感じがするけど。
この感覚がアジトで過ごした時の空気に似ているせいか……不思議と、悪い夢でもみているんじゃないかという錯覚に陥る。
正直、五十嵐の事は余り好きじゃないけど。
……でも、今だけは、傍にいてくれて良かったのかもしれない。
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