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第267話

見ればそこは、表通りに抜ける道と交差する角にある、陰気臭そうな古びた平屋のゲームセンターだった。 外観には、特有の派手な電光板やライトは無く、周辺の店舗と比べると中の照明も何となく暗い。 自動ドアの直ぐ向こうに見えるのは、数台のクレーンゲーム。景品も至って普通のぬいぐるみばかり。その奥のフロア中央には、沢山の格闘ゲーム台がずらりと並び、学生服姿の男達が数人集まって騒いでいた。 ……あ…… クレーンゲームの景品である、ハムスターのぬいぐるみに目が止まる。 手のひらより少し大きいサイズのそれは、あの日の出来事を容易に蘇らせた。 それは──寛司と初めて昼デートをした日。 ランチ前にふらっと立ち寄った、小さなゲームセンター。 『……これ、さくらに似てんな』 クレーンゲームの景品を覗き込んでいた寛司が、アクリル板越しにハムスターのぬいぐるみを指で差す。 『……え。似てないよ……』 『似てるぞ。ちっこくて目がくりっとしてて……可愛い所が』 僕から視線を逸らした寛司が、後ろのポケットから財布を取り出す。 『……だから、この中から助け出してやんねぇとな』 冗談ぽくそう言って、口の両端を持ち上げて見せるものの、その瞳は真剣で。 コインを入れ、ボタンに指を掛けたままじっと景品を見据える。 僕に似ているといったぬいぐるみは随分と端の方に鎮座していて、アームが届くか届かないかギリギリの難しい場所にいた。 『ほらよ』 七回目のチャレンジで、狙ったぬいぐるみが穴に落ちる。 それを拾い上げれば、愛おしげにそっと手で包み込み、頭を撫でてみせる。まるで僕自身にするかのように。 『──あぁっ、それ僕のだよ! ずっと前から、僕が狙ってたやつなんだからぁ……!』 いつの間にか、僕の足元に7才位の男の子がしがみつき、大声を上げながらそのぬいぐるみを指差す。 チラリと僕を見遣った後、フッと口元を緩めた寛司が、その少年の前に立ちスッとしゃがみ込んだ。 『なぁ、坊主。こいつを大事にしてくれるって、約束してくれるか?』 『………えっ。う、うん! するよ。大事にする!!』 『なら、お前にやる』 柔らかい笑顔を浮かべた寛司が、手にしていたぬいぐるみを少年に渡す。 『……悪ぃな。勝手に渡しちまって』 嬉しそうに、ぬいぐるみを抱いたまま走って行く少年の後ろ姿を見ながら、寛司がボソッと言う。 『ううん……』 ──嬉しかったよ。 寛司が、こんなにも優しい人で。 僕の肩に手を置く寛司に、小さく頭を横に振る。 視線を上げれば、慈愛に満ちた綺麗な瞳が、水鏡のように僕を映していた。

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