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第269話

「……どうして」 曲が終わり、段々小さくなって消えていく音楽。 しん……と静まり返る中、僕のボソッと呟いた声だけがやけに響いた。 「どうして五十嵐は、そんな普通でいられるの……」 渦巻く色んな感情を取り払い、疑問に感じた事だけをぶつける。 ──不思議だった。 思考や立場の違いはあるとしても、見知った人間が目の前で死んでいたのだ。 真木の計画に従い、そうなる結末が解っていたとしても……あんなに早く、気持ちを切り替えられる筈がない。 なのに。 いつもと変わらずにいる。 笑っていられる。 苦しくないんだろうか。自分のせいで、人一人殺されてしまったというのに。 人を傷つけてまで、自分を守りたいのか。 犠牲の上に成り立つ自由は、躊躇いも無く笑える程、幸せな気分なんだろうか。 「……」 次の曲のイントロが始まる。 皮肉にも、アップテンポなポップミュージック。 笑顔を崩した表情の五十嵐が、暫く彷徨った視線を完全に僕から外し……目を伏せる。 「………そんな訳、ないだろ……」 喉奥から絞り出すような、呻いた声。 込み上げてくるものを必死で抑えているかのように、眉間に深い皺を刻む。 「俺だって。……苦しいよ。辛いよ。 昨日の光景が、瞼を閉じる度に鮮明に浮かび上がって……俺を執拗に責め立てるんだ。 忘れたくても、忘れられない。 忘れられる訳がない。 ──多分、一生だ……!」 苦しそうに咽び、腹の中に溜まっていただろうものを、遂にぶちまける。 上擦った呼吸。苦しそうに肩で息をし、歪めた顔半分を片手で隠す。 「……でも…… 工藤が苦しんでるのを見て……俺まで辛い顔してちゃダメだなって、思ったんだ。 いつもみたいにしてなきゃ……もっと辛くなるだろ」 「……」 「……俺のせいなんだから。全部、俺の── だから……少しでも。ほんの一瞬だけでも、工藤の気が紛れるなら…… 俺はいつだって、道化師にでも何にでもなってやる、って……」 「……」 そう……だったんだ…… 僕はずっと、五十嵐は何も感じていないんだとばかり思っていた。 でも……違う。 僕だけじゃない……五十嵐も同じだったんだ。 ずっと、苦しんでいたんだ── 笑顔という仮面の下で。

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