270 / 555

第270話 手の温もり

××× 「……なぁ、工藤」 カラオケ店を後にし、あてもなく街中をぶらぶらと歩いていると、視界に映った商業ビルの大型液晶ディスプレイに、瑞々しいレタスと厚みのあるパテを挟んだハンバーガーの公告映像が流れた。 満面な笑顔の五十嵐が、立てた親指でそれを差し示す。 「これ、食おうぜ!」 「……」 同じビルの1階、路面店であるハンバーガーショップ。お昼時ともあって、ガラス越しからでも店内の混雑ぶりが覗えた。 空いてる席なんてあるんだろうか。 それでも構わず、五十嵐が僕の手を掴んで引っ張った──時だった。 「………あっれぇ。五十嵐じゃーん!」 直ぐ背後からする、嫌な感じの声。 その瞬間、五十嵐の肩が大きく跳ね、僕の手を強く握る。 「へぇ……昼間っからデートとはねぇ」 「隅に置けねぇなぁ、五十嵐も」 クツクツと笑いながら、三人の男が背後からゆっくりと姿を現す。 サイドを刈り上げ後ろで束ねた、長い黒髪。十字架のシルバーピアス。 こめかみ辺りに刺青の入ったスキンヘッド。真っ黒の丸いサングラス。 五分刈り金髪に顎髭。青系のアロハシャツ。 周りの一般人とは明らかに違う雰囲気の三人は、何処からどう見ても、五十嵐の友達には見えない。 「妹?」 「可愛いじゃん」 「……いや。スレイブちゃん、だね。 まぁ、いずれにしても………かぁいいなぁ、やっぱ」 長髪の男が、ニヤつきながら自身の首元を親指で指す。 それを確認した他の男達が、黒目だけを上下に動かして、僕を舐めるように見た。 その目付きが厭らしくて、気持ち悪い。 一歩引き、五十嵐の陰に隠れ、繋いだ手をギュッと握り返す。 「なぁ、五十嵐。……俺らにちょっとその女貸せや。 隅々までたっぷりと可愛がってやるからさぁ……」 金髪の男が、目を細め五十嵐を上から睨みつける。 ニヤついた口元が、気持ち悪い。 「……なぁ、五十嵐ぃ」 その隙に、スキンヘッドが僕の傍らに回り手を伸ばす。 瞬間──五十嵐が、僕の手をグンッと強く引っ張った。 「逃げるぞ!」 「……っ」 男達の隙間を、風のようにすり抜ける。 腕が千切れてしまいそうな程強く引っ張られ、痛みが肩に走ったものの……それでも必死に足を前に出して、懸命に走った。 「──ゴラァ、待て!」 迫りくる、男の吠える声。 人で混み合う商業ビルに入れば、出入口近くのエレベーターが目に飛び込む。 チン、と鳴りゆっくりと開くドア。降りてくる人達を掻き分け、強引に飛び乗る。 後からぞろぞろと人が押し込み、ぎゅうぎゅう詰めになる小さな箱。その奥で、僕が押し潰されない様にと五十嵐が盾になってくれた。 繋がったままの手。 トンッ、と僕の顔の真横に付いた、もう片方の手。 間近にある瞳。交差する息。 押されて密着する身体。匂い。熱気── 五十嵐の顔がスッと近付き、耳元に唇が寄せられる。 「………ごめん、」 「……」 五十嵐の、筋ばった男らしい腕。広い肩幅。 ……前にも感じた事がある。とても同い年とは思えない体つきだって。

ともだちにシェアしよう!