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第273話
警戒しながらエレベーターから降り、ショッピングを楽しむ人々を掻き分けながら足早に歩く。
繋がれた手。僕を危険なものから引き離そうとしてくれる、頼りがいのある手。
行き交う人々の流れに乗れば、次第に周囲に溶け込んでく、僕と五十嵐。
「……流石に、しつこく追っては来ないと思う」
急いでいた歩みを落ち着かせ、警戒するように五十嵐が辺りをキョロキョロと見回す。それらしい人物は見当たらなかったのだろう。細い息を吐き、ようやく僕から手を離す。
その刹那、手のひらに隠っていた湿気が解放される。
「ごめん」
「……」
「手、痛かっただろ」
「……」
目を伏せ、首を小さく振ってみせる。
掴まれていた圧と熱気が、空調の効いた冷たい空気に攫われて、次第に消えていくのを感じていた。
暫く人の流れに紛れ、警戒しながら出口へと向かう。
不安な気持ちを察したのか。五十嵐の手が再び僕の手を捕らえ、安心させるかのように優しく包み込む。
大通りに面した、洒落たレストランやファーストフード店。それらを通り過ぎ、五十嵐の足先がファミレスへと向けられる。
案内を待たないまま、店の奥──壁際ながら、外が一望できるボックス席に付く。
「……」
「とりあえず、何か頼もう」
テーブルに置かれたメニュー表を開き、僕に向けてくれる。
「食い物でも何でも、好きなの頼めよ」
「……」
「遠慮しないでさ」
遠慮……
その言葉で気付く。
アジトにいた頃、五十嵐に身の回りの世話をして貰っていたから当たり前に感じてしまっていたけど……
ここに来るまでの電車賃やホテル代、その他諸々、……一体どうしたんだろう。
「……ねぇ、五十嵐」
「ん?」
「今まで、五十嵐が出してくれてたお金って……」
……そうだ。
五十嵐は、掛け子だったんだ──あのアジトで。
先輩のバイクを壊して、その修理代を払う為に、って。
なのに、すっかり忘れてしまっていた。
「……もしかして、掛け子で貯めてたお金……?」
「……」
メニュー表から視線を上げ、五十嵐の顔をじっと見つめる。
「………うん。まぁ、それもあるし。菊地さんの身の回りの世話してて、貰った小遣いだったり。……あとは」
スッと視線を逸らした五十嵐が、分が悪そうな表情を浮かべる。
「別れ際、纏まったお金を貰ったんだよ。真木さんから」
「……」
纏まったお金──
それって……口止め料って事、だよね。
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