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第271話

警戒しつつエレベーターから降り、ショッピングを楽しむ人々を掻き分けながら足早に歩く。 繋がれた手。僕を危険なものから引き離そうとしてくれる、頼りがいのある手。 行き交う人々の流れに乗れば、次第に溶け込んでいく、僕と五十嵐。 「……流石に、しつこく追っては来ないと思う」 急いでいた歩みを落ち着かせ、警戒するように五十嵐が辺りをキョロキョロと見回す。それらしい人物は見当たらなかったのだろう。細く息を吐き、ようやく僕から手を離す。 その瞬間、手のひらに隠っていた湿気が解放される。 「ごめん」 「……」 「手、痛かっただろ」 「……」 目を伏せ、首を小さく振ってみせる。 掴まれていた圧と熱気が、空調の効いた冷たい空気に攫われて、次第に消えていくのを感じていた。 暫く人の流れに紛れ、警戒しながら出口へと向かう。 不安な気持ちを察したのか。五十嵐の手が再び僕の手を捕らえ、安心させるように優しく包み込んだ。 大通りに面した、お洒落なレストランやファーストフード店。それらを通り過ぎ、五十嵐の足先が全面ガラス張りのファミレスへと向けられる。 案内を待たないまま、店の奥──壁際ながら、外が一望できるボックス席に案内された。 「……」 「とりあえず、何か頼もう」 テーブルに置かれたメニュー表を開き、僕に向けてくれる。 「食い物でも何でも、好きなの頼めよ」 「……」 「遠慮しないでさ」 遠慮…… その言葉で気付く。 アジトにいた頃、五十嵐に身の回りの世話をして貰っていたから……こういう事が当たり前に感じてしまっていたけど…… ここに来る電車賃やホテル代……その他諸々、一体どうしていたんだろう── 「……ねぇ、五十嵐」 「ん?」 「今まで、五十嵐が出してくれてたお金って……」 ……そうだ。 五十嵐は掛け子だったんだ──あのアジトで。 先輩のバイクを壊して、その修理代を払う為に、って。 なのに、すっかり忘れてしまっていた。 「……もしかして、掛け子で貯めてたお金……?」 「……」 メニュー表から視線を上げ、五十嵐の顔をじっと見つめる。 「………うん。まぁ、それもあるし。菊地さんの身の回りの世話してて、貰った小遣いだったり。……あとは」 スッと視線を逸らした五十嵐が、分が悪そうな表情を浮かべる。 「別れ際、纏まったお金を貰ったんだよ。真木さんから」 「……」 纏まったお金── それって……口止め料って事、だよね。

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