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第272話

真木の幸せそうな顔が思い出され、胸の中がザラつく。 憎しみとか悔しさとかじゃない。何だかよく解らない、大きな不安が押し寄せてくる。 いま僕と五十嵐がどの立ち位置にいて、一体何処に向かおうとしているのか解らない。 同じ学校の生徒である五十嵐は、裏社会にちょっと片足を踏み入れてしまっただけの、元来表の世界に生きるべき一般市民だ。 だけど、もう戻れない所まで来てしまっているのかもしれない。……僕みたいに。 「……ねぇ」 聞かずにはいられない。 今ここでちゃんと聞いて、知っておかなくちゃ。 「さっきの人達は、一体誰なの……?」 「……」 僕の質問に、五十嵐の表情が引き攣る。 黒目だけが小刻みに左右に揺れ、それを誤魔化すかのように数回瞬きをした後、ふぃっと横を向く。 「………取り立て屋、だよ」 小さく動く、五十嵐の唇。 そこから思ってもみない言葉が飛び出す。 取り立て屋──凌やシン達の姿を想像すれば、確かにあの男達と似たような雰囲気は感じる。 ……でも…… 「俺の親父がヒモ状態でさ。元々色んな所から借金はしてたんだよ。 でも、ギャンブルに嵌まってからは最悪で。闇金にまで、手を出しちまってさ」 「……」 「……ごめん。先輩のバイク傷付けたからとかって、適当に嘘ついてて」 「……」 「借金。手っ取り早く返す為に、さっきの奴らから掛け子の仕事を紹介されてさ。 もし受けなければ、妹をソープに沈めるって、脅されて……」 「……」 ──妹の為。 五十嵐の話を聞きながら、脳裏にアゲハの姿が浮かぶ。 アゲハも、僕を守る為にホストになった。 僕が若葉の息子であるが故に、いい金蔓(かねづる)になると踏んだ若葉のオトコ──美沢大翔に、その分の金を上納し続けている。 「……そう」 思い詰めた五十嵐の横顔。 僕の声に僅かな反応を示し、少し潤んで見えるその瞳を僕の方に向ける。 「ごめんな」 「……いいよ、別に」 答えながら目を伏せる。 『ちゃんと話さなきゃ、解んない事ってあるだろ?』──そう言ったのは、五十嵐の方なのに。 開いたメニュー表を手に取り、ペラペラと捲る。 その様子をじっと見られ、落ち着かないまま顔を上げた。 「……な、何?」 「いや。アイツらも言ってたけどさ。 似てんだよ、お前。俺の妹に」 「……」 五十嵐の瞳が緩み、同級生とは違う目を向けられる。 「そんな訳……」 「いや。工藤って、割と女顔してるし」 「……」 「俺の妹も、結構可愛いんだぜ」 そう言った後唇が僅かに動き、殆ど聞き取れない位の言葉を紡ぐ。 「………だから、苦しいんだよ」

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