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第273話
×××
「……えぇ、セミダブル……?!」
ホテルのフロントで受付を済ませようとした五十嵐が吠える。
麗夜が、僕と五十嵐の関係をどう捉えたのかは解らないけど。一緒の部屋に、一緒のベッドというのは……流石に僕でも抵抗がある。
他に部屋は無いかと五十嵐が食い下がるものの、既に空きは無く、今からだとキャンセル待ちになると告げられてしまう。
「……いいよ。行こう」
フロントに齧 り付く五十嵐の裾をクッと引っ張れば、それに気付いた五十嵐が振り返り、諦めの溜め息をついた。
「セミダブルって、案外狭いな」
部屋に入るなり、五十嵐が棒読みでベッドの感想を呟く。
確かに、思っていたより狭い。
二人並んで横になったら、寝返りを打つ余裕なんかないし、普通にしてても手や肩がぶつかりそう。
「……五十嵐が使ってよ。僕は床で寝るから」
「いやいやいや。工藤が使えって!」
言いながら五十嵐が、ベッド脇にある二人掛け用のソファにドカッと座る。
「俺はここで寝るから。な……?」
「……」
「それより飯だ、飯! 飯食おうぜ!」
小さなテーブルの上に広げた、二つのお弁当。
コンビニのじゃない。ホテルの向かいにある、弁当チェーンの手作り弁当。
五十嵐のは唐揚げ弁当で、僕のはのり弁。思った以上のボリュームに加え、蓋を開けた時の脂っぽい臭いに、一気に食欲が失せる。
同じ手作りでも……倫さんのとは全然違うな……
「……!」
ふと、ラブホテルに置いたままの倫の手作り弁当を思い出す。
寛司の為に倫が用意してくれて……あの日、二人で食べる予定だった。
「……」
倫はもう、寛司が殺された事を知ってるんだろうか。
『寛司の事、よろしくね』──最後に見た、倫の憂いを帯びた顔がチラついて……胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「明日、どうする?」
発泡スチロール製の弁当を片手に、付け合わせの金平牛蒡を口に放り込んだ五十嵐が、呑気に咀嚼しながら言葉を発する。
「麗夜さんが来るのって、明日の夜だろ?
それまでしたい事とか、行きたい所とか。……なんか無いか?」
「……」
──別に。
五十嵐から目を伏せ、ペットボトルのお茶に手を伸ばす。
「………五十嵐は?」
「え、俺?」
「うん……」
昼間、借金取りに会ったんだ。妹さんの事、心配なんじゃ……
そう思って聞いたのに、五十嵐には全く僕の意図が通じていないみたいだ。
「………五十嵐は、家に帰った方がいいんじゃない?」
「……え」
僕の言葉に驚き、眉間に皺を寄せる。そして暫くの沈黙の後、瞬きをした五十嵐が黒目を左右に動かす。
「……」
「……ああ。もしかして、昼間の事?」
「うん……」
僕の答えに、何処か落ち着かない様子で目を細め、口の両端を綺麗に持ち上げてみせる。
「それなら、心配いらないよ。妹は安全な場所に避難してるからさ」
「……」
「な。それより──」
五十嵐が、さっきの調子に戻って話を続ける。
心配かけさせないように、気を回したんだろう。
……だけど、僕には、もうこれ以上詮索するな、という拒絶のようにも感じた。
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