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第275話

バスルームから上がり、濡れた身体をバスタオルで拭く。 それを腰に巻き付けながら、ふと洗面台の鏡に視線を移す。 物欲しげな身体。 物憂げな瞳。 映し出された自身の姿は、寂しそうで、何処か頼りなくて。痛々しく痩せ細り、見るに耐えないその姿から顔を背ける。 自慰行為は、好きじゃない。 そういう快楽を求めて溺れるのはとても汚らしく、子供には許されない如何わしい行為だと思っていたから。 『お前が欲しいのは、セックスじゃなくてぬくもりだろ』──まだ、寛司との関係が曖昧だった頃、求められ、流されるまま欲を受け入れた僕の心情を、寛司に見透かされた事がある。 こうして面と向かって言われたのは初めてで。ずっともやもやとしていた感情を、言葉てぴしゃりと言い当てられた時は驚いた。 ──でも、嬉しかった。 僕を理解してくれてる相手との繫がりは、今まで感じていたものとは違っていたから。 背後から迫ってくる暗闇に引き摺り込まれるような恐怖や不安はなく、まるで陽だまりのように、穏やかで心地良い温もりに溶け込んでいくような、とても安心できた。 だから、不思議と寛司とするセックスは、今まで感じていた罪悪感みたいなものを余り感じなかったのに…… 「……」 これは、違う。 ──汚い。 寛司を失った悲しみを、こんな形で埋めようするなんて。 ……最低だ。 イヤラシイ。 いつだって欲しいのは、僕がここにいていいという安心感と温もりで。 こんな、薄っぺらい快楽的なものなんかじゃなかったのに…… バスタオルを腰に巻き付けたまま、部屋へと戻る。 目に飛び込んできたのは、ソファに座ってテレビを見ている五十嵐の後ろ姿。 バラエティ番組なのだろう。時折声を上げて笑っていた。 ベッドの上に置きっ放しだったコンビニ袋を拾い上げる。買ってきた下着を袋から取り出していると、ふと視線を感じて振り返る。 「……やっぱり、男だよなぁ……」 「………」 突然の呟きに、なに寝ぼけた事を言ってんだろう……と耳を疑った。 何の冗談かと思っていたけれど、五十嵐が余りに真面目な顔をしているから、そのまま黙ってじっと見返した。 「……」 「──あ、いやっ。変な意味じゃなくて。 工藤ってさ、女の子みたいに綺麗な顔してるし、身体も華奢だし、声も……声変わりしてなくて、細くて高いだろ? だからさ。工藤が時々、女の子にしか見えない時があるんだよ」 「……」 「ほら。俺の妹に似てるっていうのもあるしさ。 だから、突然そういう格好で現れると、びっくりするっていうか。男なんだなって、思い知らされるっていうか……」 「……」 今まで、五十嵐が僕の露出姿に過剰に反応していたのは、そういう事だったんだ。 脱ぎ捨ててあったシャツを拾い、パンツよりも先に袖を通す。 濡れた髪を持ってきたタオルで拭いていれば、再び五十嵐が声を掛けてくる。 「……なぁ。工藤の恋愛対象って……どっちなんだ……?」

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