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第276話
五十嵐にとっては何でもない、単なる素朴な疑問なんだろう。だけど僕からしたら、不誠実で不躾な質問だ。加えてその無遠慮な態度に、一気に不快感が増す。
「……」
なに、それ……
単なる興味本位?
それとも……僕が五十嵐をそういう目で見てるかもしれないって、心配でもしてる?
「……そんな事聞いて、どうするの?」
振り返り、五十嵐を冷たく見下ろす。けど、五十嵐にはそれ程響いてないらしい。
「別に、他意はないよ。
……でも。もし工藤が異性愛者なら……不憫だなって……」
「……」
「ほら、工藤は色んな男から言い寄られてるだろ?
門の前まで一緒に来てた彼氏……じゃなかった……同居人の男に言い寄られてたって言ってたし。
他にも樫井秀孝や、菊地さん……昼間の……ほら、取り立て屋にしたってそうだろ?
工藤は今までずっと、そういう目で見られて、そういう扱いを受けてきたんだからさ」
「……」
……それって……
お得意の、貴方の辛さ解りますアピール……?
馬鹿にしてんの……?
「──だったら、何?」
「……」
「軽蔑でも、する?」
強めに言えば、五十嵐の瞼が大きく開かれる。
表情を一切変えず、静かにじっと見下ろしていれば……見開いた五十嵐の瞼が、更に持ち上がった。
ワァー!
アハハハハ……
奥のテレビからわっと湧き上がる、バラエティ特有の明るい笑い声。
それすら不快な気分になり、僕は五十嵐から顔を背けた。
「……そろそろ、パンツ履きたいんだけど……」
髪を拭く手を止め、タオルを頭に掛けたまま静かに言う。
しかし、五十嵐からは何の返事もない。
タオルで間接視野までもが隠れ、一体どんな表情をしているのかは窺えなかった。けど別にいい──構わない。
五十嵐に背を向けると、腰に巻いていたバスタオルを外してベッドに放る。そして新品の下着を拾い上げ、立ったまま前屈みになるとそれに足を通す。
「………それ、わざとか?」
やっと返ってきた言葉は、溜め息混じりに吐き出された、力のないものだった。
「わざとって、何の話?
別に五十嵐は、僕の裸を見たって欲情したりなんかしないんだから、わざとも何もないでしょ」
「……」
「それとも、五十嵐も……ずっと僕をそういう目で見てきたの?」
振り返ってそう言い放てば、困惑した表情を浮かべた五十嵐が僕の顔をじっと見上げていた。
「……」
「………風呂、入ってくる」
少し呆れたような、冷ややかな瞳。
数回瞬きした後視線を外し、スッと立ち上がるとバスルームへと消えていった。
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