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第277話
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に半分まで飲む。
ぶかぶかの白Tシャツに黒のボクサーパンツ。
あんな状態でアジトを飛び出した為、当然着替えは無くて。これらは全て、ホテルに着く前に立ち寄ったディスカウントショップで購入したもの。唯一、寛司にプレゼントして貰った蝶の絵柄が入った服だけは、あの時偶々着ていた事もあり手元にあって良かった。
ベッド端に座り、両足を持ち上げ、膝を抱えたまますねや足の甲などを擦る。今日一日歩き回ったせいか、まだ怠さが残っているような気がする。
テレビから流れる、着圧ソックスのCM。
……あ。今日買った、替えのニーハイソックスを思い出し、ベッド下に転がっている買い物袋から取り出して足を通す。
適度な締め付けが、思った通り心地良い。
「……」
それにしても。
何で五十嵐は、突然あんな事を言ったんだろう。
今日一日で、五十嵐の事を少しでも知る事ができて……何となく、距離が縮まった様に感じていたのに。
『工藤の恋愛対象って、どっちなんだ……?』──もしこれが、友達同士の間で普通にある会話だったとしても……やっぱり僕にはついていけない。
あんな風に言われたらカチンと来るし、距離を置きたくもなる。
それにいちいち腹を立てる僕の方が、もしかしたらおかしいのかもしれないけど……
……とさっ。
ベッドに横になり、猫のように身体を小さく丸める。
昼間の疲れもあってか。身体が鉛のように重たくなり、ゆっくりとベッドに沈み込んでいくような感覚に襲われる。
次第に瞼も下がり、薄い膜のようなものが僕の身体を包み込んでいく。遠くから聞こえるテレビの陽気な音だけが、僕をこの世界に留まらせようとしていた。
ガチャ……
ドアの開く小さな音で、反射的に身体がぴくんとする。
夢の世界の一歩手前で踏みとどまっている僕の方へと、ゆっくり近付く足音。
「……」
気配が、直ぐ傍で止まる。
すっかり深く沈み込んでしまった身体。起きようとする気力さえ、もう無くて。意識だけを其方へと集中させた。
「………疲れたんだな」
ボソッと呟かれた声。
壊れ物にでも触れるかのように、僕の前髪にそっと掛かる指先。
その指が、優しく掻き上げ……ゆっくり頭を撫でる。
その声。その台詞。その手の温もり。
同じだ。あの時と。
──真木から薬を受け取った、あの日の夜。酷く疲れて眠っていた僕の額に置かれた……あの手。
あれは──五十嵐、だったの……?
「……ごめんな」
五十嵐の手が、アゲハに似た心地良い温もりを与えてくれる。
「酷い事してるよな、俺……」
いつもの馴れ馴れしい感じとは違う、寂しそうな五十嵐の声。
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