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第278話

もしかして── ……これが、本当の五十嵐……? 僕の知ってる五十嵐とは、全然違う。 爽やかな優等生ながら、何処か決め付けたような物言いと、無駄に明るくて暑苦しい程元気で……距離感を無視する無遠慮な所が、嫌いだった。 だけど。今の五十嵐には、そんな影すら見当たらなくて…… カラオケボックスやファミレスで、一瞬見え隠れしたあの五十嵐が……今、ここにいる……… 『道化師にでも何にでもなってやる』──五十嵐は、今までもずっとそうだったんだ。 家庭環境の悪さを。置かれた状況を。 僕みたいに表には出さず、ずっと仮面を付けて……その下で、苦しんでいたんだ。 そうやって、誰にも悟られないように── でも、どうして……? ……そんな事されたら、全然解んないよ。 僕には、解んない。 今の五十嵐を、ちゃんと見せてくれなくちゃ……… 「………ん、」 五十嵐の手が心地良くて。 厭らしさとかそういうんじゃなく、心が震えてしまって。……微かに声が、鼻から抜けてしまった。 それに反応した五十嵐の手が、警戒するようにピタッと止まる。 暫くしてスッと離れ、僕が起きないと解ると、ふぅ……と細い溜め息をつく。 「……確かに、可愛いな」 五十嵐の、掠れたような囁き声。 僕の鼓膜を、柔らかく微かに震わせる。 「こんなに可愛くて、綺麗な顔してるのに……何でこんな所にいるんだよ。 黒アゲハと並んで、芸能界でキラキラと輝いていても……おかしくはないのにな……」 その声は、何時になく優しくて。寂しそうで。 やっぱり、五十嵐らしくない。 「──ごめんな、工藤。 辛い思い……させるよな、俺……」 「……」 折り曲げた人差し指が、僕の頬骨をそっと撫で……下瞼をスッと掠める。 そして二回ほど頭をぽんぽんとすれば、その手が直ぐに離れた。 傍にあった五十嵐の気配が、スッと消える。 ………あ、待って……! 声を出して引き止めたいのに……身体が金縛りにあったみたいに、動かなくて。 五十嵐を追い掛けようとするのに……微睡みよりも深い場所へと引きずり込まれていき…… スッと意識が、遠退いてしまった。

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