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第287話
「……止めて下さい、八雲さん!」
ずっと押し黙っていた五十嵐が、悲痛な声で叫ぶ。
それにビクンと肩が跳ね、ハッと我に返る。
……え……
今、何て……
八雲──その名前を、以前何処かで聞いた覚えがある。
麗夜と五十嵐の姿を、瞬きも忘れて交互に見ながら、じりじりと痺れる脳をやっとの事で働かせ……記憶の糸を辿る。
『そういえば、真木先輩。……八雲先輩と蕾先輩は……?』──思い出されたのは、初めて真木の車に乗った時、行きの車内で五十嵐が真木に言った台詞。
「……」
ホストでありながら、棲寝威苦 の一員だった。
麗夜……いや、八雲の隣で大人しくしている蕾との繫がりが、ようやく腑に落ちる。
「これ以上は、もう………」
「ナニソレ。……もしかして、この俺に命令でもしてる?」
八雲の口端が、クッと吊り上がる。
鋭い目付きのまま、五十嵐のいる背後へは振り返らず……片手を上げ、手の平を上に向け、軽く立てた人差し指と中指をゆっくりと動かし、こっちに来いと指示する。
俯き加減で後頭部に手をやった五十嵐は、やはり分が悪そうに目を伏せ、重い足取りながら此方に向かう。
「じゃあ……ご立派な五十嵐にひとつ、いい事を教えてやろうか」
ベッド脇に立つ五十嵐に、八雲が冷たい言葉を吐く。
「お前の妹だけどなぁ……
父親が新たに作った借金返済の為に、自ら堕ちたんだぜ。ソープ嬢に。
その上、その店のケツ持ちヤクザに気に入られて、何度もヤられまくった挙げ句……そいつのオンナに成り下がって、子供 まで拵えたらしいぜ」
「──嘘だ!!」
「嘘なもんか。……お前、今まで何見て来たんだよ。
菊地に無理矢理抱かれるコイツが、オンナに成り下がってく姿を目の当たりにしてきたんだろぉ?」
「……」
伏せていた五十嵐の視線が上がり、僕に注がれる。
縋りつくような、責めるような双眸。それに居心地が悪くなり、シャツの胸元をギュッと鷲掴む。
「………でもさぁ。それじゃあ余りに五十嵐が不憫だよなぁ。妹の為にプライドを捨てて、手まで随分汚してきたんだからな」
「……」
「だから、特別に許可してやるよ。
……好きなだけコイツを、ヤってもいいぜ」
「──ぇ、」
どちらともなく漏れる声。
この状況を楽しんでいる蒼い眼が、キリのように僕と五十嵐を鋭く貫く。
まるで肚の中を、見透かすかのように。
「……ハッ。すかしてんじゃねぇよ、テメェ。
本当はずっと手ぇ出したくて、ウズウズして堪んなかったんだろぉ?
──なぁ、五十嵐ぃ……」
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