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第286話
「………それじゃあ……すり替えた後、その粉は……」
やっとの事で声を絞り出せば、それに反応した麗夜が嬉しそうに顔を歪める。
「飲み物に少量ずつ混ぜて、確実に飲ませてたよ。──五十嵐がな」
「……!!」
もしかして……寛司のアトピーが酷くなったのは……
……あの、粉のせい……?
汁に塗れ、腐った肉の塊のようになってしまった寛司の身体に、何度も新しい包帯を巻いた光景が思い出される。
あの時、五十嵐も協力してくれて……包帯を買ってきてくれたり、倫の店に連絡もしてくれた。
裏ではあんな酷い事をしておきながら、僕や寛司の前では、ずっと味方のふりをしていたなんて……!
「……」
吐き気がする。
『酷い事してるよな、俺……』──昨日のあの台詞は、僕にした不躾な質問なんかじゃなくて……
僕から愛する寛司を、奪ったから?
僕を騙して、ここに連れて来たから?
その時僕の髪に触れた手の感触が思い出され、一瞬でもアゲハに似た温もりだと感じた事に、嫌悪感がさす。
『道化師』『心配なんだよ』『助けたい』──今まで、五十嵐が僕に向けてきた言葉の全てが、もう信じられない。
それを全部鵜呑みにしていた自分にも、とても腹が立つ。
寛司がいずれ死ぬ事を、五十嵐は知っていた。──だからあの時、寛司の遺体を見ても冷静でいられたんだ。
僕を説得し、アジトから連れ出したのは、自分の為であり、妹の為。──そんなの、真木と同じだ。
感情が、一気に爆発する。
悲しみを通り越して、怒りに変わっていくのが自分でも解る。
殆ど感じられなかった手足の感覚が戻り、肩が震え、呼吸が乱れ、瞼が熱くなっていく。
「……!」
……待って。
じゃあ、テントを張ったのも、練炭を置いて火を付けたのも──全部、五十嵐が……?
あの状況下で、五十嵐が掛けた電話の相手は……真木だけじゃなかった……?
蘇ったのは──僕を正面から抱き締める、五十嵐の力強い腕の感触。
放心し、涙の止まらない僕を導こうとする五十嵐を、僕は抵抗もせず空気だけで拒絶した。あの場に留まって、寛司と同じ場所に逝きたいと願っていたから……
だけど、遺書の文面を読み、これが寛司の意思なんだと思い直した。
その遺書を最初に見つけたのは……五十嵐だ。
僕を連れ出す為の小道具として、五十嵐が予め用意しておいたのかもしれない。
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