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第289話

「……ハハ、最高だねぇ。 最愛のオトコを殺されたオンナが、その殺人犯にヤられる光景、……なんてね」 その声に反応し、五十嵐が黒目だけを動かして八雲を盗み見る。 「ああ、あれも最高に面白かったなぁ…… 元カレに殴られながら、犯される音声を聞いた時も。 菊地──いや、その元カレの父親とヤりまくる音声を聞いた時も」 ビクンッ 八雲の台詞に五十嵐の腰の動きが止まり、大きく息が漏れる。 「………もと、かれ……」 小さく呟いた唇がキュッと引き結び、眉間に皺を寄せ、黒目が元の位置に戻る。 「……元彼、が……!?」 僕を見下ろす、鋭い双眸。 熱情を帯びながらも、先程よりも強い憤りと憂いを孕み…… 「……っ、」 瞳を揺らし、苦しそうに言葉を溢した唇が、僕の唇を性急に塞ぐ。 憤りと嫉妬とを織り混ぜた舌が強引に捩じ込まれ、執拗に歯列と顎裏を貪り──奥に逃げた僕の舌を追い掛ける。 ……なん、で…… 何で……こんな…… 何度も舐り、角度を変え、激しい熱情を与えながら濡れそぼつ舌を絡ませ……奥深くに潜む僕の精神(こころ)までも引っ張り出そうと強く吸い上げる。 「……!」 ……妹…… 確か……僕が妹に似ているって── ……そうか。 男に勃たない筈の五十嵐が、こうして僕を抱けたのは……僕を妹と重ね合わせたからだ。そのうちに、その境界線が解らなくなって……錯乱してるだけ── 息苦しさに堪えかね、自由になった方の手を伸ばし、五十嵐の二の腕辺りを掴んで押し返す。 だけどびくともせず……まるで赤子の手を捻るかのように手首を毟り取られ、再びベッドに押し付けられる。 「………はぁ……、さくら……」 今にも泣き出しそうな、五十嵐の瞳。 堪えるように歪めた唇からは、荒々しい息が漏れ……苦しそうに下の名前を繰り返し口にする。 「さくら、さくら……、」 思い詰めたように喉から絞り出す、掠れた声。 やり場の無い思いを抱え、切なく瞳を揺らしながら僕を求める姿は──あの暑い夏の日、人を殺したかも知れないと僕に縋り付き、震えながら僕を抱いた……ハイジを彷彿とさせ── 「……、!」 ──ドク、ンッ 胃の下辺りから、柔らかな棘のようなものが突き上げる。 その瞬間──全身の血液が逆流しながら沸騰し、むぁっと甘い匂いが立ち込める。 息が上がり、痺れる程に末端がドクドクと脈打てば……身体の深部から快感が沸き上がってきて…… ……いや、だ…… 寛司に与えられた事のある快感を感じながら、一方でハイジによって引き出されてしまった『ストックホルム症候群』の症状が現れる。

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