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第293話
瞳に力の戻らない、放心状態の僕の顔を見下ろし、口の片端を鋭く持ち上げる八雲。
「まぁそんな凌も蕾 同様、俺が拾ってやった『可哀想な子』の一人なんだけどね」
「……」
「知り合ったバーで上納金が払えないと、この俺に泣いて縋りついてきたから……効率の良い金の稼ぎ方を、俺が指南してやったのさ!」
──ドス、
ベッドに乗り上がった八雲が、邪魔だとばかりに五十嵐の脇腹を蹴り飛ばす。
瞬間──喉奥から押し出される、五十嵐の奇妙な呻き声。不様 に転がり頭を抱え、両腕の隙間から飼い主である八雲を覗き見る。脅えた瞳で。
その様子には目もくれず、八雲が僕の腹の上に跨いで両膝をつく。一体、いつすり替わったのだろう……カメラを持っていた筈の手には、先の細く尖った鋏 があった。
「……」
鋭く光る刃先。
瞬間──太一らの仲間にレイプされたトラウマが、容易に顔を覗かせる。
「……、」
飲み込む息。全身が小刻みに震え、じりじりと手足が痺れて止まらない。
既に壊された精神 は、もう殆ど何も感じていないというのに……上擦った呼吸を繰り返している自分が、自分でも何だか滑稽に思える。
「下手クソな関西弁が鼻につく野郎だったけど……従順で素直ないい子だったのに。
……まさか、君のせいで殺される羽目になるなんて、思わなかったよ……!」
『殺される』──その台詞に、五十嵐の肩が大きく跳ね上がったのが解った。
……ジャラ……
八雲の人差し指が下から引っ掛けられ、黒革の首輪が乱暴に持ち上げられる。
そこに、開かれた鋏の刃が挟み込まれ──
「なぁ、自覚してる?
お前と関わった奴はみんな、不幸な末路を辿ってるって。
……もう何人、君のせいで人生を狂わされて、命を落としてるんだろうな」
──ジャギィンッッ
無情にも裁ち切られる、黒革の首輪。
その刹那、僕の目が大きく見開かれる。
まるで、目の前で風船が割れたかのように。
「……」
ハイジが僕を守る為に付けてくれた──唯一の形見。
それが、簡単に断たれてしまった……
虚ろげな微睡みは跡形も無く消え、情け容赦のない現実が、津波のように押し寄せてくる。
僕のせいで……色んな人が傷付き、亡くなってしまった……
……僕のせい……
みんな、僕の……
「……」
外された首輪が、二本の指で摘まんだまま八雲の鼻先へと寄せられる。
「………あぁ……甘くて、いい匂いだ。それに……」
徐にベッドに片手を付き、虚ろげに揺れる僕の瞳を上から覗き込む。
サラサラと、肩から滑り落ちる金髪。
ハイジに似たそれに視線を向ければ、間近にある蒼眼が柔く細められる。
「やっぱり、可愛いな。……工藤さくら」
そう呟いた八雲の唇が舞い降り、僕の顎先を掴むと……熱情を孕んだ瞳を閉じ、僕の唇を静かに塞いだ。
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