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第294話 過去の真実
×××
「……ごめ、ん……」
静寂を切り裂く、五十嵐の呻き声。
そのせいか……それまで止まっていた時が動き出し、空気が流れていくのを感じた。
あの忌まわしい撮影の後、黒革の首輪を外された僕は──放心しきったまま天井をぼんやりと見つめていた。
『黒くて長いもの』がこの部屋から全て排除され、ようやくといった様子で蕾 が目隠しを外される。
水を得た魚のように生き生きとした表情に変わった蕾は、裸体のままベッドに沈む五十嵐をきつく縛り上げ、まるで粗大ゴミを扱うかのように、壁とベッドの隙間に蹴り落とす。
──全て、八雲の指示通りに。
「……ごめん、工藤……」
「……」
その声は憂い、甘え縋りつくようで。
僕の指先を僅かに跳ねさせた。
既に八雲は部屋を出て行き、ソファに腰を掛けた蕾が、僕と五十嵐をじっと監視している。
「工藤は………何も悪くないよ」
「……」
「悪くない……」
慰めようとでもしているのか。それとも、その場凌ぎの気休めか。また騙そうとしているのか。
そんな事を言われても、困る。
謝る位なら、最初からするな。
……お前が望んでした事だろ。
そう心の中で突っぱね、精一杯の悪態をついてやる。
……けど。もう、どうでもいい──何もかも。
一度壊されてしまったら……もう、元には戻らないのだから……
五十嵐のいる方に背を向け、膝を抱えて身体を小さく丸める。
シーツの擦れる、耳障りな音。
後孔から溢れる精液。濡れる襞 。鋭く内臓を突き抜ける痛み。とろりと垂れ流れ、肌を伝うそれが……気持ち悪い。
倦怠感、頭痛、吐き気に襲われ……いっそ、このまま死んでしまった方が楽なんじゃないかと思い始めていた。
異常に浮き出た肋骨。呼吸をする度に上下に動き、肋 の溝を深くする。
……苦しい。
空気の中に硝子の微粒子が含まれていて、喉に突き刺さるみたいに。
少し咳き込めば身体中の骨が軋み、食道の弁が機能しなくなったのか、直ぐそこまで胃液が迫り上がってくる。
このまま思い切って吐き出してしまえば、少しは楽になるのかもしれないけど……
「工藤のせいじゃない。……菊地さんが死んだのは、俺のせいだ」
「……」
「俺が、妹を護る為に──いや。もう隠すのは無しだ。
………本当の事を、話すよ」
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