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第300話
「その先輩とは、色んな話をしたよ。他愛のない話から、お互いの身の上話まで。
先輩のお陰で、それ程苦じゃなかった。掛け子の仕事もそつなく熟して、借金も返済して。
そうして半月が経ったある日──先輩が、脱走した」
就寝後。一人、部屋を抜け出し逃走を謀った先輩は、山の麓まで下りた所で真木らに発見され、捕まった。
その晩、全員叩き起こされ急遽行われた『総括』。
既に負傷し、後ろ手に縛られ、捩じ伏せられて両膝を床についた先輩を、掛け子達全員が取り囲む。
高みの見物とばかりに壁際に立ち、腕を組んでいた菊地と真木。その二人の前でメンバーは容赦なく、先輩に殴る蹴るの暴行を加え続けた。
『……おい、五十嵐』
これが初めての総括だった五十嵐は、この異常な行為に目を疑い、足が竦んでいた。それを菊地が、見逃す筈がない。
『お前、一人でやって見せろ!』
凄みを利かせた菊地に命令されるも、既に顔の造形が変わり果てた先輩を前に、五十嵐は二の足を踏んだ。
躊躇し怯む五十嵐を、顔中血だらけの先輩が睨みつけるように下から見上げ、不気味に笑みを浮かべ……
『くくく……お前、随分とお人好しだな……
そんなんだから、この俺にまでつけ込まれんだよ。
……俺が、何の目的で逃走したか解るか……?
お前が一人残してきたっていう、可愛い可愛い妹を……犯しに行く為だよ』
『──!』
「そう聞いた瞬間、カッと頭に血が上って……頭の中が真っ白になってた。
気が付いたら俺は、真木さんに羽交い締めにされていて………目の前にいた先輩は、血みどろのドス黒い肉の塊になってた……
滑 った拳を見れば、血だらけで……俺が、俺が殴り殺してしまったんだって、直ぐに悟った……」
「……」
──ハイジ。
似てる……ハイジに……
カッとなってしまったら、手が付けられなくなってしまう所が……
「……後から冷静になってみれば、俺が総括のターゲットにされないよう、わざと怒らせて、本気で殴らせたんだと理解できる。
……なのに、俺は……
俺はっ……!」
「……」
今まで五十嵐を、そんな風に感じた事なんてなかった。
そういうのも全部、あの笑顔の仮面の下にひた隠しにしていた……んだ……
ずっと……
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