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第307話 足止め
×××
「工藤……」
静寂に包まれた室内に、五十嵐の声が小さく響く。
辺りが静まり返ってから、どれ位が経ったのだろう。その間、ぼんやりと色んな思考を巡らせていた。
初めて寛司に会った時──確かに五十嵐の言う通り、優しさなんて微塵も感じられなかった。
強さを誇示すように威嚇し、力尽くで僕を上から押さえつけ……何度も何度も、僕を思い通りにした。
……でも……
その後向けてくれた優しさは……嘘なんかじゃない。五十嵐の言う冷酷な一面は、確かにあったのかもしれないけど。
喉奥に感じる苦み。
まだ、胃の辺りがおかしい……
鋭利なもので突き刺されたような痛みが時折襲う。
身体をくの字に曲げ、腰辺りに掛けられていたケットに手を伸ばし、ゆっくりと引っ張り上げる。
たったそれだけなのに、自分の腕じゃないみたいに軽くて、感覚が鈍い。
やけに耳に付く、布擦れの音。
「………もう……眠った、のか?」
「……」
ベッド下から聞こえる、五十嵐の大きくゆっくりとした溜め息。一緒に吐かれた言葉は、行き場もなく暗闇の中へと消える。
「……工藤」
「……」
「最期になるかもしれないから……やっぱり、言っておくな」
乾燥した空気のせいか。それとも喋り続けたせいか。五十嵐の声が酷く嗄 れていた。
「前にさ、工藤は俺の妹に似てるって言っただろ。……確かに見た目も境遇も、似てるんだよ。
でも、だからって訳じゃないんだ」
「……」
「お前、よく俺の目の前で太股とか胸とか平気で曝してただろ?
別に、俺は男に興味なんか無いけどさ……工藤のその無防備な姿とか、色っぽい仕草とか、何処からともなく漂う甘い匂いに当てられる度に、……その、女の子みたいに感じてきてさ……」
「……」
「勿論、妹にはそういうやましい気持ちなんて無いけど、何だろうな……工藤を見てると、堪らず抱き締めたくなるっていうか……
……その……」
「……」
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