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第306話
「………ごめんな、工藤。
工藤を苦しめて、裏切って……その上、その……セックスまで──」
「……」
……また、謝ってる。
今更謝られても、困るだけなのに……
「せめて優しくできたらって思ってた。これ以上、工藤を傷付けたくなかったから。
だけど、工藤の元彼の話を聞いた途端、カッと頭に血が上って──止められなかった。
工藤は必死で抵抗してたけど、工藤の身体は、ちゃんと俺で感じてるんだって思ったら、嬉しくて──もっと、啼かせてみたくなってた……」
「……」
五十嵐の、荒々しい呼吸。震える声。
興奮してるのか、怒りが吹き上げているせいなのかは解らないけど。
「その時解ったんだ。
俺は、今までずっと……工藤にこうしたかったんだって。
……それで、気付いたんだよ。俺の中には、あの下衆親父の血が流れているんだって事に──」
「……」
──似てる。ハイジに。
カッとなって躊躇なく人を傷つけてしまうのは、凶悪犯の血が流れてるからだって、酷く脅えていた……
何とも言えない感情が襲い、張り裂ける程に胸が詰まって……苦しい……
こんな時、なんて言えばいい──?
「………そんな事、ない。
五十嵐は、五十嵐だよ……」
僅かに霞んでいく意識の中……小さく動かした唇から、言葉がそう紡がれていた。
力の無い、弱々しい声。
何の気休めにもならないそれが、五十嵐の心にちゃんと届いたかは、解らないけど。
「………そう、ならいいな……」
溜め息混じりに呟いた、五十嵐の声。
芯が無く、とても弱々しくて頼りない。だけど何処か穏やかで、落ち着いた様にも感じた。
ゆっくりとした大きな呼吸音。眠くなったのだろうか。さっきまでとは違う、緩んだ空気につられて……僕の呼吸も穏やかなものに変わる。
ぼんやりとした視界の先に見える蕾が、抱えた片膝に顔を埋めるようにして丸くなっていた。
「………なぁ、工藤……」
再び訪れた静寂の中に、五十嵐の声がぼつりと聞こえる。
「ひとつ、約束してくれないか。
八雲さんの言葉を、鵜呑みにするなよ。
もしもこの先……お前のせいで俺を始末したと聞いても、気にするな。
工藤のせいじゃない。──責任なんて、感じるなよ」
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