316 / 558
第313話
「……」
赤いランプが、僕を静かにじっと見つめている。
その無感情な視線に身体が硬直し、手が、息が、止まる。
──逃げ、られない。
嫌な汗。
凍り付く身体。
心に蝕む不安が、ズシンとのしかかる恐怖が、アメーバのようにじわじわと広がって纏わり付く。
僕の身体に、細胞のひとつひとつに、それらがゆっくりと浸透していき……
──逃げたい、のに……
なんで。
なんで、動けないんだ……
……なんで……
植え付けられてきた痛み。痛みからの恐怖。
それらが否応なしに細胞レベルで蘇り、胃がキリキリと痛む。
──はぁ、
肺に残っていた全ての空気を吐き切れば、必然的に酸素を取り込み、肺へと送られていく。
ドッドッドッドッ……
やっとの事で酸素が送り込まれたせいか、心臓が激しく暴れ回る。
じりじりと痺れる手足の先。
感覚が失われていく中、絶望にも似た感情が僕を支配した。
………ら、
……さくら……
遠くで、誰かが呼んでる。
『もう寝ちゃったかな?』
細くて高い、子供の声だ。
懐かしくて……ふわふわする……
『……大丈夫だよ。心配しないで。
お兄ちゃんが傍にいるから。……さくらを守ってあげるからね』
『……』
優しい、手──
不思議と不安や恐怖が和らぎ、暴れていた心臓が落ち着いていく。
僕の頭を撫でるアゲハの手は、いつだって優しくて……僕を安心させてくれた。
なのに僕は、その手が堪らなく好きなのに、堪らなく……嫌いだった。
だけど今は、その手に縋りつきたい。
僕を、安心させて欲しい。
……お兄ちゃん、何処にいるの……?
お兄ちゃん……
「……」
瞼をゆっくりと持ち上げる。
……いつの間に、眠ってしまったんだろう……
「………く、どう」
ぼんやりとする視界。
額に感じる温もり。
それがスッと離れてしまい、名残惜しむように瞳で追い掛ければ、その先に映り込んだのは……見覚えのある顔。
心配そうに僕を覗き込んでいる、その人は──
「………いが、ら……し……?」
口にすれば、僕を見つめる瞳が細められ、嬉しそうに口角が持ち上がる。
「……良かった。
お前、死んだように眠ってたからさ。このまま目ぇ覚まさなかったらどうしようって、……本気で……」
「……」
……生きて、た……
良かった──あのまま五十嵐が消されていたら、どうしようって……
「………え、おい。大丈夫か?! まだ何処か、痛むのか……?」
不安げに眉尻が下がり、あたふたと慌てる様子は、……五十嵐らしい。
その姿がまた次第にぼやけていき、瞬きをする度に、睫毛が濡れて……
「……」
ぼんやりする五十嵐に視線を合わせながら、僕は静かに首を横に振った。
ともだちにシェアしよう!