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第313話

「……」 赤いランプが、僕を静かにじっと見つめている。 その無感情な視線に身体が硬直し、手が、息が、止まる。 ──逃げ、られない。 嫌な汗。 凍り付く身体。 心に蝕む不安が、ズシンとのしかかる恐怖が、アメーバのようにじわじわと広がって纏わり付く。 僕の身体に、細胞のひとつひとつに、それらがゆっくりと浸透していき…… ──逃げたい、のに…… なんで。 なんで、動けないんだ…… ……なんで…… 植え付けられてきた痛み。痛みからの恐怖。 それらが否応なしに細胞レベルで蘇り、胃がキリキリと痛む。 ──はぁ、 肺に残っていた全ての空気を吐き切れば、必然的に酸素を取り込み、肺へと送られていく。 ドッドッドッドッ…… やっとの事で酸素が送り込まれたせいか、心臓が激しく暴れ回る。 じりじりと痺れる手足の先。 感覚が失われていく中、絶望にも似た感情が僕を支配した。 ………ら、 ……さくら…… 遠くで、誰かが呼んでる。 『もう寝ちゃったかな?』 細くて高い、子供の声だ。 懐かしくて……ふわふわする…… 『……大丈夫だよ。心配しないで。 お兄ちゃんが傍にいるから。……さくらを守ってあげるからね』 『……』 優しい、手── 不思議と不安や恐怖が和らぎ、暴れていた心臓が落ち着いていく。 僕の頭を撫でるアゲハの手は、いつだって優しくて……僕を安心させてくれた。 なのに僕は、その手が堪らなく好きなのに、堪らなく……嫌いだった。 だけど今は、その手に縋りつきたい。 僕を、安心させて欲しい。 ……お兄ちゃん、何処にいるの……? お兄ちゃん…… 「……」 瞼をゆっくりと持ち上げる。 ……いつの間に、眠ってしまったんだろう…… 「………く、どう」 ぼんやりとする視界。 額に感じる温もり。 それがスッと離れてしまい、名残惜しむように瞳で追い掛ければ、その先に映り込んだのは……見覚えのある顔。 心配そうに僕を覗き込んでいる、その人は── 「………いが、ら……し……?」 口にすれば、僕を見つめる瞳が細められ、嬉しそうに口角が持ち上がる。 「……良かった。 お前、死んだように眠ってたからさ。このまま目ぇ覚まさなかったらどうしようって、……本気で……」 「……」 ……生きて、た…… 良かった──あのまま五十嵐が消されていたら、どうしようって…… 「………え、おい。大丈夫か?! まだ何処か、痛むのか……?」 不安げに眉尻が下がり、あたふたと慌てる様子は、……五十嵐らしい。 その姿がまた次第にぼやけていき、瞬きをする度に、睫毛が濡れて…… 「……」 ぼんやりする五十嵐に視線を合わせながら、僕は静かに首を横に振った。

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