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第314話

五十嵐の話によれば──嘔吐を繰り返している僕を心配した五十嵐が、何度か助けを求めて叫ぶと、ソファで眠っていた蕾が気付いてくれたらしい。僕に近付く事無く、ただ静かに携帯を取り出して打ち込むと、暫くして八雲と吉岡の二人が来たという。 「吉岡さんは、工藤を見て驚いていたみたいだった。少し焦った様子で、知り合いの医者に連絡してた。 その間八雲さんは、俺の縄を解きながら、そっと耳打ちしてきたんだ」 『お前には、もう少しやって貰う事がある』──その声は、今まで聞いた事がない程真剣で、自分にしかできない大きな仕事が控えているんだと、五十嵐は悟った。 「………俺は、工藤が助かればそれでいいって思ってたから……まさか俺まで、命拾いするとは思ってもみなかったよ」 僕に対する罪悪感か。それとも、命を絶つ覚悟を決めたのに、肩透かしを喰らったからか。張り付けた笑顔の奥から、苦々しい表情が垣間見える。 「──ごめんな」 「……」 もう、いい。 これ以上、謝らないでよ。 ……そう思うのに、声にならない。 妹を助ける為だったとはいえ、僕や僕の大切な人を傷つけ、殺してしまったのから。 幾ら五十嵐が、寛司の残忍な一面を僕に語ったとしても……例え寛司が、どんなに極悪非道な人間であったとしても…… 僕の中にいる寛司は、何も変わらないから。 決して許した訳じゃない。 胸の中に空いた穴は、埋まる事なんてない。 だけどもう、僕のせいで……誰かが傷付いたり、死ぬのは嫌だ。 「……」 五十嵐から視線を逸らす。 吉岡の企み。五十嵐を生かした理由。その理由が解らない。 でも、もしかしたら……全てが終わった時点で、僕も五十嵐も消されるかもしれない── 「工藤……」 「……」 「『さくら』って、呼んでもいいか?」 唐突に、思ってもみない言葉が投げ掛けられる。 一瞬の戸惑いと嫌悪感はあったものの、五十嵐を纏っている空気が少しだけ和らいでいるような気がした。 「俺の妹も、咲良(さくら)って名前なんだ」 「……」 「まぁ、だからって訳じゃないんだけど。……工藤の事、これからはそう呼んでみたくて」 心なしか、五十嵐の頬が赤く染まっているよう。 そんなの、好きに呼んだらいいのに…… 「………別に」 そう答えてやれば、襟足に手をやった五十嵐が、はにかみながら視線を逸らす。 その反応は、今まで見た事がなくて……何だか調子が狂う。 「……」 何で……そんなに嬉しそうなんだろう。 会えない妹を僕で埋められる程、似ているんだろうか……

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