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第317話
リモコンをテレビに向け、五十嵐がチャンネルを適当に回す。もう片方の手を後ろに付き、リラックスした様子で。
「……」
何だろう……この感じ。
まるで、平凡な日常のひとコマを切り取ったような、緩い空気感。
「おっ。黒アゲハだ」
「──!」
その台詞に引っ張られ、視線をテレビに戻す。
そこに映し出されたのは、居酒屋店員の格好をしたアゲハ。何のドラマだろう……酔ったメインキャストらしき女優の二の腕を掴んみ、支えていて……
「……」
──時が、止まる。
見開いた僕の瞳の奥に、最後に見たアゲハの光景が映る。
僕のせいで……
喉を掻っ切られて飛び散った──沢山の血、血、血。
みんなの『王子様』であるアゲハが──報道陣の前で行った、記者会見。
その後アゲハが、どうなったかなんて……誰も知らない……
あれから報道もされていない。
……だけど、いた。
ちゃんと、ここに──
テレビに映るアゲハの笑顔は、爽やかで、煌びやかで、華やかで……
幸せオーラに包まれて、見る者全てを否応なく虜にしてしまう。
──こんな、ひねくれ者の僕にも……
「……ああこれ、去年話題になってた映画だよな」
ほっとしたのも束の間。
五十嵐の口から、思わぬ事実が飛び出す。
「……」
──そうだ。
テレビに出ているからといって、安全な場所にいる訳じゃない。
良く見れば確かに、アゲハの喉元には若葉が切りつけた傷跡らしきものが見当たらない。
「……さくらの、お兄さん……なんだよな」
「……」
そう言いながら、五十嵐が僕の方に顔を向ける。
「あの、さ……前に話したけど、俺、さくらの同級生に成りすましてただろ?
その為に、前もってさくらの情報を貰ってたんだけど、それと一緒に黒アゲハの情報も貰っててさ。
……あの人、芸能界入りして直ぐ、樫井秀孝と共演してたんだってな」
「……」
──樫井秀孝。
その名前を耳にした瞬間、媚薬にやられた時の感覚が蘇る。
意思とは関係なく、ズクンと腹の奥が疼く。
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