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第321話

……何、それ…… 胸の奥が、ザラザラとする。 どうして僕が、五十嵐と一緒に暮らさなくちゃいけないの…… 触れていた五十嵐の腕。そこから手を離す。 しかし、それを逃すまいかと五十嵐の手が追い掛け、水中で僕の手を掴む。もう片方の手が僕の顎先を捕らえ、ぐいっと横へ向けさせる。 視界の端に映る五十嵐。熱情を帯びたその瞳と合った瞬間、顔をスッと寄せられて…… 「──好きだ」 そう囁いた唇が、僕のそれと重ねられる。 ……何もしないって、言った癖に…… そう心の中で悪態をつくものの、振り払う気力も体力もない。 唇を割られ、熱い舌が滑り込む。 何の抵抗もしないでいれば、僕の舌にそれが絡んでくる。 何で突然、好きだなんて言ったんだろう…… 妹と僕を重ねて、同情でもしているんだろうか。 それとも……妹を護れなかった事が悔やまれ、せめて僕だけでも助けようとか考えたんだろうか。 僕の同意を得ないまま、勝手に盛り上がって勝手に勘違いをしている五十嵐。それにうんざりしながらも、もうどうでもいいと諦め、このまま流されてしまおうかと思ってしまっている自分にも嫌気が差す。 脱衣所で濡れた身体を拭かれ、着せられるホテルのガウン。湿った髪を手櫛で梳かされ、丁寧にドライヤーを掛けられる。 何もかもが至れり尽くせりで、本当に何処かの国のお姫様にでもなったよう。 「……」 「本当に、可愛いな」 洗面台の鏡越しから五十嵐を覗けば、何処か浮ついているように見える。 冷蔵庫から取り出したばかりの、冷えたミネラルウォーター。蓋を開けたそれを差し出され、少しだけ口に含む。そんな僕の髪を、五十嵐が丁寧に櫛で梳かす。 「さくらの髪、さらさらして触り心地がいい。……それに、甘くていい匂いがする」 後ろ髪の毛先に触れ、徐に鼻先を寄せる。 背後から迫る熱。項を擽る指の背。 「………」 ゾクゾクと粟立ち、何だか変。 別に、五十嵐を好きな訳じゃないのに、身体が勝手に反応して、そういう事を期待してしまっている。 ………嫌だ、こんなの……

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