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第324話
身体が、硬直する。
胸元に伸ばされる手。
その指先が、産毛を撫でるかの如くそっと触れ、小さな突起へ向かってゆっくりと滑らせていく。
「………っ、駄目だ……ゃ、めろ……」
その動きが止まり、指先が、声が……微かに震える。
「もう、こんなの……嫌だ。……イヤだっ。
──嫌、なのに。……何で……全然、抑えられ……ないんだ……
これじゃあ、一緒じゃないか……下衆な親父と……!」
「……」
泣いているのか。
時折鼻を啜り、上擦りながら……何度も何度も乱れた呼吸を繰り返す。
「……汚したく、ない………
さくらを、これ以上……傷付けたくない……!」
堪えるように、声を噛み殺す五十嵐。
震える指先が僕から離れ、ベッドを軋ませながら、気配と一緒に闇へと消えていく。
……はぁ、はぁ、はぁ、
上擦り、震える呼吸。
広げた両手。
ベッド横に立ち、思い詰めたようにその手のひらに視線を落とす。
「………俺みたいなのが、……何で、この世に存在し続けるんだ……」
「……!」
違う……
全然、違う。
五十嵐は、やっぱり五十嵐だ──
胸元に付けられた鬱血痕。掻き回されたナカ。──あれは、ただの推測にすぎない。
自分の正義の為なら、人殺しさえ厭わなかった奴だ。
例え僕の気持ちを二の次にしていたとしても……性に対して嫌悪感を抱く五十嵐が、僕の寝込みを襲ったりなんかする筈がない。
その信念を曲げてまで。
現に今、五十嵐は酷く葛藤している。眠ったふりを続ける、僕の目の前で。
「……いっそ誰か、殺してくれよ……!」
嗚咽混じりの、悲痛な叫び。
その感情は、僕のと何処か似ている──
「俺を、殺してくれ……」
広げた両手で、仮面の外れた顔を覆い隠す。
「……」
もしも今、起き上がって手を伸ばし、五十嵐を優しく抱き締めたとしたら……
その苦しみを、少しは和らげる事ができるんだろうか。
……それとも……
罪の重さに、余計苦しむんだろうか……
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