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第325話 早贄
×××
白い腕の内側に残る、藍黒い点滴針の痕。
何度か失敗したのか──その穴の直径まで解りそうな程痛々しく、腫れたように盛り上がっている。
車窓から見えるのは、見知らぬ街の大通り。空は相変わらずの曇天。
今にも泣き出しそうな灰色の雲が、空という空を覆い尽くし、厚みを増して地上にじりじりと迫っている。
そのせいか、見渡す全てのものがどんよりと沈んだ鼠色に映る。
僕の前の助手席には、吉岡。運転席には五十嵐。
そして。僕の右隣には──
「あの後、倒れたんだってな。大丈夫かよ、姫」
色付きの丸眼鏡を掛け、ピアスをし、原色の派手なカットソーを着た、相変わらずチャラい愁(しゅう)。そう声を掛けながら、ニヤニヤした顔をスッと僕に近付ける。
「………でも、色気は健在じゃん」
愁の左手が、僕の許可無く横髪を数本摘まむ。
それを振り払う余力も無く、無視を決め込んでいれば、その指が差し込まれ、耳の下部をキュッと摘まんでくる。
「……なぁ……あの後の事、知りたくねぇか?
俺がどうしてたかとか、真木がどうなったか、とか……」
「……」
今直ぐにでも言いたそうな、ニヤついた口元。それに協力するつもりはないけど、このまま僕の邪魔をし続けるなら……話は別だ。
「……」
無言のまま、愁を横目で睨む。
……と、待ってましたとばかりに含み笑いで返し、可笑しそうに歪めた口を動かす。
「死んだんだぜ、真木」
………え
「あの日、高速を走ってた真木の車が、玉突き事故に巻き込まれたんだってよ。
……運がねぇよな。ついていかなくて正解だったぜ」
「……」
──事故。
そんな訳ない。
驚く僕の視界の端で、五十嵐がルームミラーに手を伸ばすのが見えた。
『……昨日さ、次の目的は何かって聞いただろ?』
ふと思い出される、今朝の朝食風景。
レトルトのお粥を摂りながら、五十嵐がそう話し掛ける。
『どうして、そんな事……』
『……』
粥にスプーンを突っ込んだまま閉口していれば、諦めたように五十嵐が粥を一口頬張る。
『………何も解らないままじゃ……不安だから』
ぼそぼそと小さく答え、俯く。
視線を左右に散らした後、五十嵐が意を決したように真っ直ぐ僕を見据えた。
何時になく、真剣な目付きで。
『……残念だけど、そこまでは聞かされてないんだ。でも、移動中の車内でなら……聞き出せると思う』
『……』
『心配ないよ。全ては上手くいくから』
それは、脱走できると確信しているのか──点灯する赤いランプが向けられる中、五十嵐が自信に満ちた笑顔を見せた。
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