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第326話

だけど、想定外だったんだろう。 ルームミラーに映る五十嵐の瞳は、蕾へと向けたまま動揺を隠しきれていない。 「その腕、どうしたんだよ。大丈夫かァ……?!」 僕の耳元に顔を近付けた(しゅう)が、ニヤニヤと厭らしく笑う。 「痩せ方が異常っつーか、………まさか、ヤクでも打たれたとか?」 「………」 「まぁでも。可愛さと色気だけは健在だな。……ちょっと舐めてイイ?」 「……」 「こことか、超美味そうなんだけど」 舌舐めずりをした後、愁の右手が僕の胸元に触れる。そして乳首でも探しているのか、指先が厭らしく撫で回す。 それは直ぐに膨らみを見つけ、爪先を立てカリッと引っ掻く。 瞬間、弾かれる快感。……嫌だ。 手を振り払おうと思えばできる。けど、相手にしなければいい。その内我慢が出来なくなって、抑えきれなくなるんだろうけど。 「……」 でも……何故だか解らない。 僕の中で、邪のようなものが大きく蠢き、愁を支配してやりたい気持ちが芽生えていく。 それは、ずっと忘れていた──あの若葉が取り憑いたような感覚…… 「──!」 そうだ。 以前見た、男の教諭に足を舐めさせる夢。 あの時の感覚に、凄く似ている…… 「………なぁ、ちょっとはカンジてんだろ?」 執拗に、芯を持つ小さな突起を布越しから引っ掻く。ニヤニヤと厭らしく顔を歪め、舐め回すように僕の反応を見ながら。 「……」 今までの僕だったら、嫌悪を露わにしながらも、それに抗えずにいるだけだった。 ……でも、何かよく解らない、正体不明の『何か』──僕の中で渦巻く邪のようなものが、大きな口を開け、僕を突き動かそうと襲いかかる。 抗おうにも、まるで僕という人間が最初からそうであったかのように、直ぐ目の前にいる愁を犬のように従わせたいと、疼いて仕方がない。 「………吉岡さん」 ルームミラーの角度を調整し終えた五十嵐の手が、ハンドルを握り直す。 静かに響いたその声が、僕の耳まで微かに届いた。 「これから工藤を、どうするつもりですか?」 「……」 その台詞で、前席の空気が一変する。 何処か落ち着き払いながらも、吉岡が刺々しい雰囲気を醸し出すものの、それに気付いてるのか気付いてないのか……遠慮がちながら、無遠慮に五十嵐が尋ねる。 「どうして工藤を、こんな目に遭わせるんですか」 「………どうして……?」 至極冷酷な声。 口の端を僅かに持ち上げているんだろう吉岡が、得意気に再び口を開く。 「愚問だね。そんなの決まってるじゃないか。──面白いから、だよ」

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