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第327話
「……本当に、理由はそれだけですか?」
「さぁ。どうだろうね」
くつくつと嫌な笑い声を上げ、刺々しかった空気が揶揄したものに変わる。
「もし面白いだけなら、ここまで工藤に執着したりはしないですよね」
「……」
五十嵐が、至極真っ当な事を言ってのける。
「ある人から聞きました。
まだ吉岡さんが高校生だった頃……当時付き合ってた彼女の口にガムテープを貼り、全裸にしてそのまま後ろ手で校門に縛り付けた……とか」
「……」
「それはまるで、モズが早贄 を立てる行為そのもの──
彼女との間には、何のトラブルもなく、交際も順調で……その目的も行動も、全くの不明だったそうですから」
モズの早贄──それは、捕まえた獲物をその場で食べず、或いは食べ残したものを木の枝に突き刺しておく行為の事。
何故そんな事をするのか。その説は定かではないが、備蓄説、食べ残し説、そして、殺戮の本能説というものがある。例え満腹であったとしても、動く獲物を見つけたら本能のままに捕獲せざるを得ない──それはまるで、猫が鼠を捕まえて遊ぶようなものである。
「随分と懐かしい話だね。
あの一件のせいで、僕は周りから『モズ』って不名誉なあだ名を付けられたんだよ」
感情の伴わない、爽やかな口調。何処か余裕すら感じる程落ち着き払っている。
「……でも、そのあだ名は事件前からですよね。
確か……当時入っていたチームのリーダーから、貴方の奇行な行為と、基和 って名前の最初と最後の文字を取って、そう名付けたとか──」
「そうだっけ。忘れたよ、そんな昔の話なんて」
五十嵐の言葉に、吉岡が解りやすく惚ける。
そして、相変わらずくつくつと楽しそうに笑い、五十嵐を揶揄って遊んでいるように見えた。
「………話をはぐらかさないで下さい!」
信号が赤になったのか。荒々しくブレーキを踏んだ五十嵐が声を荒げる。
「貴方は、元々何かに執着しない……いや、した事がないんですよね。
それが、どうして工藤にだけは、こんな──」
「それは、姫をたらい回しにする正当な理由が欲しい、って解釈でいい?」
「……」
「だったら最初から、そんな回りくどい言い方しないでストレートに聞いてきなよ。
……でも、残念だけど。五十嵐 が欲しがってるような確固たる理由なんて、持ち合わせてないけどね。
──ただ、ひとつ言えるとしたら」
「……」
「『気に入らないから』……かな」
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