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第330話

五十嵐の様子がおかしくなる。 明らかに、動揺して落ち着きがない。妹の咲良を思い出し、吉岡の過去と重ねてしまったのだろうか。 「凄く滑稽だったよ。 あれだけ僕を家畜の様に扱ってきた母が、その僕に掘られて、不様に喘いでいるんだから……」 何が可笑しいのか。突然吉岡が吹き出す。 「……僕を、知らない男だと錯覚する母の首に両手を掛けて、思いっ切り締めてやった。何故そうしたのかは解らない。──ただ、そういう衝動に駆られ、本能の赴くままにそうしていた。もしかしたら、家畜以下に成り下がる母が、余りに不憫に映ったのかもしれないね。 身体が痙攣し、泡を吹いて動かなくなった母を、僕は服も着せないまま窓から放り落として──殺した」 ──殺した。 一瞬で凍り付く、車内の空気。 物騒な単語を口にしながらも、他人事のようにそれは語られ、何処か飄々としていた。 それまで──僕の誘惑に導かれ、性欲に忠実になりかけていた愁の顔色がサッと変わる。そして、見るからにガタガタと大きく震えだし、現実逃避しているんだろうその脅えきった二つの瞳が小刻みに揺れ、もう僕を捉えようとはしなかった。 「……」 前席から感じる、毒毒しいオーラ。 今まで感じた事のない、吉岡から渦巻く異様な空気。 ……知ってる。この雰囲気。 ドクドクと、嫌な緊張感が僕を襲う。 思い出したくない、過去。 真っ暗闇の中、鋭く光るナイフの刃先── 「母を排除して、初めて自分が自由になれたと感じた。 生まれて初めて外を歩き、想像すらできなかった色んな景色や人々を沢山見て、色々なものに触れた。 突然開けた世界は、怖さよりも興味に満ち溢れ、全てが煌びやかに映ったね。 ……だけど」 「……」 「事の重大さを知った親父が、部下を使って僕を捕まえ、そのまま屋敷に匿われた。──匿われたって言うより、あれは監禁か。 ……ハハッ。母を殺した所で、僕を取り巻く世界は何にも変わりはしない。 僕の存在意義なんて、最初から無いものに等しかったって事だ」 「……」

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