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第331話

「──そんな、ある日の夜。 喉が渇いて目が覚め、監視の目を搔い潜って台所へ向かう途中……親父の寝室から、淫らな喘ぎ声が聞こえてきた。 コップ一杯の水を飲み終え、部屋に戻ろうと廊下を歩いていた僕の目の前に、男にしておくのが勿体ないくらい綺麗な男が現れたんだ」 「……」 「それが、甘いフェロモンを強烈に放つ、若葉だよ」 灯りの殆どない、闇深い廊下。 そこにぼんやりと浮かび上がる、柔らかで滑らかな白い肌。鮮血のような赤い唇。 開けた襦袢が片方だけスルリと落ち、首筋から肩までの綺麗なラインが露わになれば、噎せ返るような甘い香りがむぁっと立ち篭め、辺り一面に広がる。 『君も、僕と同じ……だね』──血塗れたような深紅の唇が小さく動いた後、キュッと綺麗に持ち上がる口角。 開けた襦袢の襟口を、細くて白い指が摘まんでスッと直し、切れ長の美しい瞳を静かに細めて流し目をする。 「その瞬間──灰色にしか見えなった世界が、鮮やかに色付き始めたんだ。 若葉の事を知れば知る程、生い立ちや境遇が僕に良く似ていて……親近感が湧いたね。 特に、父親と性的な関係を持った所と、(まぐわ)いながら実兄を殺した……って所が」 「──!」 ゾクッ、と身体が震える。 ……前に、若葉から聞いた事がある。 アゲハの実父であり、若葉とは兄弟であるその人の家に忍び込み、寝込みを襲いながら絶頂に達した瞬間──心臓に刃物を突き刺した……って…… 「その若葉が、性を売り物にしながらも、愛人を沢山抱えている親父を虜にし、手玉に取っていたんだ。 ……凄く、興奮したよ。 もし、若葉を飼い慣らして思うがままにすれば、僕はこの呪縛から解放される──自由になれる、ってね」 「……」 暫く続いていた、長閑な田舎道。 次の信号が現れると、その先に飲食店やその看板が建ち並んでいるのが見えた。 信号が赤になり、停車する。 ハンドルを握ったまま静かに聞いていた五十嵐が、吉岡の方へと顔を向けた。 「その人と工藤と、一体何の関係があるんですか?」 「……」 「まさか、その人の身代わりに……」 そこまで言うと、吉岡が高笑いをする。 「五十嵐(お前)じゃあるまいし。……誰が好き好んで姫を飼い慣らそうとするんだよ」 「………じゃあ、もしかして……工藤を『気に入らない』のは、その若葉って人の血を受け継いでいるからですか……?」 五十嵐が、無遠慮に核心を突く。 その瞬間、吉岡の動きが止まる。 言い当てられたせいか、揶揄する空気が一瞬で消え、五十嵐に顔を向けるとドス黒いオーラを放つ。 「………その通りだよ」

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