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第341話

意を決し、ギリッと奥歯を噛み締める。 もう……僕を守ってくれる寛司はいない。 だから、僕がやらなくちゃ。 僕一人の力で─── 「………背後(バック)から、()って欲しいな……。愁の、硬くて立派なコレで……」 うっとりと愁を見つめながら、内腿から遠い方の太股へと手を這わせる。そして、パンツのポケットに指先を忍ばせると、その中に入っていた硬いモノ──護身用の折り畳みナイフを抓む。 「──!」 「……ねぇ、お願い」 耳元で唇を小さく動かし、ねっとりとした甘い声で囁く。 ふっ、と外耳に息を吹き掛けてやれば……ぶるぶるっ、と愁の身体が戦慄き、快感と性欲にのまれていく様子が窺えた。 合わせた視線を吉岡へと向け、その対象物を愁に指し示す。 「──ゃ、ヤる。……やってやるよ」 自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟いていた愁が、意を決したようにポケットに手を突っ込み、ナイフを取り出す。 パチン…… 取り出された細くて短い刃に、愁の鋭く尖った目元が映る。殺すまではいかないものの、致命傷を負わせる程度にはなるだろう。 フー、フー、フー、 得意気に語る吉岡を、シート越しに下から睨みつける愁。握り締めたそのナイフが、緊張のせいか小刻みに震えていた。 「……」 やらなきゃ、こっちがやられる──それは、僕や五十嵐だけじゃない。 愁も……もしかしたら、アゲハも── そんな事、させない。 絶対に── 僕がやらなきゃ。 ……何とかして、止めるしかないんだ……! だからいいでしょ、寛司。 今だけは、若葉のように残酷になっても……いいよね。 ナイフを逆手に握り直した途端、ピタッと手の震えが止まる。 それだけじゃない──愁を取り巻く空気も、恐怖や殺気、気配さえも、凪の如くスッと消える。 ゆっくりと……何も持たない左手が、吉岡に忍び寄る。 ……なのに、助手席に座って流暢に喋っている吉岡は、何も気付いていないようで。 「……」 ──侮っていた。 僕は勝手に愁を、馬鹿で臆病で、何の役にも立たない──vaɪpərにとっては足手纏いの存在だと思い込んでいた。 だけど、vaɪpərの……ましてやカップル狩り兼処理班のメンバーに選ばれているのだから、何か長けたものがあるに決まっている。 「……」 ……欲しい。 やっぱり愁を、今回限りの使い捨てにはしたくない。上手く飼い慣らして、僕専用の犬に育てたい。 ……初めて飼う、『従順な下僕()』として……

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