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第340話

「………もし、それでも……目を覚まさなかったら──」 「愚問だ」 五十嵐の声が、僅かながら震えていた。 その感情が一体何なのか──怒りなのか嘆きなのか、そこまでは解らない。 それを、吉岡がピシャリと遮る。 「物事を進めるのに、もしもなんて必要ないんだよ。 失敗は成功のもと、っていうよね。物事には全て結果があり、その結果は成功へと導く過程だ。 だからね。大切なのは、失敗を恐れない事なん──!」 「……」 直ぐ傍まで迫った手。それが、スッと吉岡の口を塞ぐ。 その瞬間──ナイフの刃先が宙を切り、吉岡の喉元でピタッと止まる。 「………動くな」 冷静な声。先程までとは違い、やけに落ち着いて聞こえる。 車内の空気全体に張り巡らされる、緊張の糸。当然それは、運転している五十嵐も感じたようで。 「………なに、してんだ……愁」 「……」 この状況で、愁と交渉するつもりなのか。まだ余裕を見せる吉岡は、口を塞がれながらも落ち着き払い、愁を宥める様な声色に変わる。 「個人()を殺したって、組織が黙っちゃいないよ」 ゆっくりとそう言いながら、片手で愁の手の甲をそっと包む。 そして、易々とその手を退かしてみせる。 「頭の良いお前なら、何が最良かくらい……わかるよね? この車が時間通りに到着しなければ、姫の大好きな黒アゲハと類くんを、蕾に襲わせて始末するよう……八雲に命じているんだよ」 「──!」 ──始末、って…… まさか…… 「なに、二人が犯り殺されてる所を想像してんだよ。随分と淫乱なお姫様だなぁ。 ……そうだ。先に言っておくよ。 既に到着予定時刻を五分遅れている。どう転んでも、もう二人は無傷じゃいられないって事だ」 「……」 街に入ったせいで、増えている交通量。 加えて相変わらずの雨──近くにある筈のビル群が、霞んで遠くに見える。まるで、この先の未来を反映しているかのように。 「………」 「じゃあ次は、右に曲がって貰おうかな」 目的地を知らないのか。ここにきて、吉岡が道案内を始めた。……いや、今まで気付かなかっただけで、もしかしたら会話の合間にしていたのかもしれない。 「……」 ナイフの切っ先が肉に食い込んでいても、声の様子からして全く動じていない。 愁はこのまま、何もしないと踏んでいるんだろう。 ──だけど…… 「………んなの、俺には関係ねぇ……っ、!」 チッ、と舌打ちし、それまで静かだった愁のオーラが殺気立つ。

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