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第341話

「組織がどーとか、黒アゲハや蕾の弟がどーとか──俺には全く関係ねぇ。 俺は今すぐお前を殺して、もう許してって啼き叫ぶ姫を()りまくりてぇだけだっ!」 ザクッッ、……… 実際は見えてはいないのに──構えたナイフの刃先が吉岡の喉元に突き刺さったのが、僅かな手の動きや雰囲気で解った。 その瞬間、一変する空気。 愁の暴走した行動に、僕は勿論、五十嵐も驚き、動揺する。 「それによぉ。さっきから聞いてりゃあ、理由なんてねーとかほざいてたけどよお…… ちゃーんとあんじゃねーかぁ。 お前に相応しい、普通すぎる理由がよぉ……!」 「──やめろっ!」 五十嵐の手が横から伸び、その腕を掴む。 愁の暴走を止めさせようと、指が食い込む程にしっかりと握り締めていた。 「殺らなくても、逃してあげますから………!」 パッパ──ッ 片手で急ハンドルを切り、五十嵐が道を外れる。 ドンッ──! それに煽られ、揺さぶられる身体。遠心力により、ドアへと強く叩きつけられる。と、同時に、バランスを大きく崩した愁も同じく吹っ飛ばされ、僕を容赦なく押し潰す。 商業ビルとビルの間──一方通行の標識がある細い道へと、暴走した車が突っ走ると、その先に待ち構えていた下り坂を更に加速しながら下る。 「………やるねぇ、五十嵐くん」 クッと持ち上がる、口の片端。 すっかり愁の拘束から解放された吉岡は、上機嫌のまま喉元に手をやり、僅かに付いた指先の血を間近でじっと見つめる。 「さっきの台詞は、聞き捨てならないけど。 ……まぁいいや。この任務が終わったら、約束通りに会わせてやるよ。……お腹の大きな、妹の咲良ちゃんに」 「───!」 ……まさか、五十嵐…… また僕を騙して…… 『一緒に逃げて、二人で暮らそう』『……好きだ』──バスルームで言った言葉は、僕を騙そうとしてついた、嘘……? 「……」 胸の中がざらざらとする。 別に……五十嵐とどうこうなりたい訳じゃない。身代わりなのは、最初から解っていた筈── 「………さて。これからどうしてくれようかな」 「……」 不気味な声色の吉岡が、ゆっくりと振り返る。 座席シート越しに冷酷な二つの瞳が現れ、僕と愁を静かに見下ろす。

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