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第342話

頭を強く打ったせいか、それまで僕の中にあった若葉の感覚がすっかり消えている事に気付く。 その瞬間、サッと血の気が引いた。 「……」 どうしよう…… どうしよう。こんな時、若葉だったら── そう思いながら思考を巡らせるものの、何も浮かばない。 自分が何にも出来ない、出来損ないのさくらだって事を思い知らされるだけ。 きっと若葉なら、こんな状況下でも上手く切り抜けられるんだろう。 持ち前の精神力と美貌を使って……… 『若葉には、なるんじゃねぇよ』──再び脳裏を過る、寛司の言葉。 でも、それじゃあ………僕は一体どうすれば良かったの? あのまま諦めて、全てを受け入れて……周りの人達を巻き込んでしまうのを、黙って見ていれば良かった? ……教えてよ、寛司。 僕がこの世にいていい理由。 僕の存在価値。 僕がいる事で、誰かが傷付くなら……僕はもう、この世にいない方がいいんじゃないかな── 「………なぁ、お姫様よぉ…… まさか、この期に及んで吉岡のいいなりになるとか……言わねぇよなぁ……」 耳元で、吐息混じりに愁が囁く。 その声には張りがあり、何処か自信に満ち満ちていた。 「俺を誘惑してその気にさせろよ。さっきみてーによぉ。……そしたら、幾らでもお前の言いなりになってやるぜ」 「……」 「けどよ。もうその気がねぇっつーなら、……この場で犯り殺すぜ」 覚醒しきったままの愁が、吊り上げた目で酷く楽しそうに僕を睨みつける。 「………」 駄目だ。もう後戻りなんて出来ない。 弱気になんて、なっていられない。 ……このまま愁を、飼い慣らさなくちゃ。 「──惜しいな、愁。 折角チームリーダーに相応しく育ったと思っていたのに。 一人では生きていけない、足手纏いの気弱なお姫様の下僕に成り下がるなんてね」 無害で人懐っこい笑顔。 しかし、その瞳の奥は少しも笑ってなんかいない。 「お前を貶める方法は、幾らでもあるんだよ。 一番手っ取り早いのは……そうだな。虎龍会に差し出して、始末して貰おうか」 静かにそう言いながら、自身の喉元に触れる。 赤く濡れた血──それを絡め取り、ゆっくりとその指先に視線を移す。 「しかし──聞き捨てならなないねぇ。 愁の分際で、よくもこの僕をこけにしやがったなぁ。 『普通』だと……? ふざけんなよ! 今更赦してくれと泣きついても、もう遅ぇからな!」 一方通行ばかりの、入り組んだ細い道。 まるで迷路のように、進入禁止マークにぶち当たって行き止まりとなってしまう。 駅が近いせいか。傘を差す歩行者達のせいで、車は減速。行ったり来たりを繰り返し、直ぐそこに見える大通りに中々戻れない。 吉岡から、その苛立ちも感じられた。 ピピピ───ッ!! 突然鳴り響く、ホイッスル。 見ればフロントガラスの向こうに現れたのは、制服姿の巡査員達。

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